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【古代の様式・後編】ローマ文化の建築や装飾の特徴とは?これだけ読めば余裕でマスター【世界のインテリアの歴史①−2】

古代ローマ コロッセウム コロッセオ

 

 

こんにちは、しけたむです!

 

この記事では

 

 

  • 「ポンペイという映画に影響されたことがある。」
  • 「圧倒的な建築技術を持ったローマ人について、詳しく知りたい!」

 

 

という皆様へ向けて

ローマ文化の建築や装飾の特徴について、画像付きで解説していきます。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
古代ギリシャ人たちを支配した古代ローマ人たちは、ギリシャから建築技術を吸収しながらもさらにハイレベルな領域を目指したんだにゃ!後の世のひとびとが規範とした、古典芸術の真髄を学んでいくにゃあ〜

 

 

 

 

 

 

古代ローマとは?

古代ローマ コロッセウム コロッセオ出典:Britannica

▲イタリアの首都ローマにある円形闘技場『コロッセオ』は古代ローマを代表する建築のひとつ

 

 

古代ローマとは、紀元前753年に建国された当時イタリア半島中部(現在のローマあたり)に位置した小さな都市国家です。

 

 

 

 

建国当時の正式国号(国の名前)は『元老院ならびにローマ市民(Senatus Populusque Romanus)』というなんだか長くてややこしい国名でした。

フォロ・ロマーノ出典:たびこふれ

▲紀元前6世紀頃から293年にかけて国家の政治・経済の中心地であった『フォロ・ロマーノ』は、西ローマ帝国滅亡後は打ち捨てられ、土砂の下に埋もれてしまった。19世期に発掘され、現在はローマでも人気の観光地になっている。

 

 

古代ローマが建国された紀元前753年から紀元前509年までの期間の古代ローマは王政ローマと呼ばれ一人の国王がローマを支配する体制でした。

 

 

 

 

 

そして紀元前509年から紀元前27年までの古代ローマは共和制ローマと呼ばれ、元老院(日本でいう国会のようなもの)執政官(内閣総理大臣のようなもの)政務官(国会議員のようなもの)を中心として、一般ローマ市民の意思も反映されながら民主的に運営されました。

元老院 共和制ローマ出典:Wikimedia Commons

▲1888年に描かれた共和制ローマの元老院の想像図

 

 

 

イタリア半島の小さな都市国家だった古代ローマは、この共和制ローマの時代に古代ギリシアを征服(紀元前146年)し、古代エジプトをも滅ぼし(紀元前30年)、地中海の全域に領土を拡大して地中海世界を支配する世界帝国までになりました。

古代ローマ 支配マップ▲古代ローマの建国から滅亡までの支配領土を示すマップ(マイナス表記は紀元前

 

 

世界帝国まで上り詰めて絶好調に見えた古代ローマの快進撃の裏で、共和制ローマが衰退した原因は古代ローマ軍の中核をなしていた農民たちでした。

 

 

 

 

 

農民たちは度重なる古代ローマの征服戦争により農地から引き離され困窮していましたが、国の中枢で実権を握る元老院のお偉いさん方は、この困窮し没落した農民たちを助けずに私腹を肥し続けます

 

 

 

 

 

この状況を打開するためにガイウス・ユリウス・カエサルを筆頭とした困窮農民を助けようとする派閥と元老院が対立し、紀元前49年から内戦がはじまりました。(ローマ内戦)

 

 

 

 

 

紀元前45年、カエサルは元老院を打ち倒しますが、王になる野心を疑ったカエサルの腹心であり元老院側の生き残りでもあったブルータス(カエサルの愛人の息子)によって暗殺されてしまいます。

カエサル 暗殺 ブルータス出典:Wikimedia Commons

▲カエサルが最も愛していた愛人の息子であるブルータスが暗殺の首謀者と知り、死の直前に「ブルータス、お前もか」と叫んだ場面。「カエサルの死」(1804年)

 

 

その後の紀元前27年、カエサルの遺言状により相続人に指名されたカエサル・アウグストゥス(カエサルの養子)ローマ帝国の初代皇帝となり、パクス・ロマーナ(ローマでの平和)をようやく実現しました。

 

 

▼古代ローマ史について興味があるかたはこちら!(これ知っていると理解が断然深まります)▼

 

 

ローマ建築の特徴

 

 

 

古代ギリシャを支配し、その文化をも継承した古代ローマ帝国。

 

 

 

古代エジプトをも含む地中海全域を制覇した紀元前1世紀から、ローマ帝国が東西に分裂し、西ローマ帝国が滅亡する紀元前5世紀ごろまでのローマを中心として栄えた文化をローマ文化といいます。

 

 

 

 

 

ローマの詩人(ホラティウス)は、このような言葉を残しました。

 

「征服されたギリシア人は、野蛮な征服者(ローマ人)をとりこにした(Graecia capta ferum victorem cepit)」

 

なにやら意味不明な言葉ですが、古代ローマはギリシャを征服し属州として支配しましたが、文化においてローマ文化はギリシア文化の模倣にすぎないことをローマ人として認めた言葉であるとされています。

ポルトゥヌス神殿出典:Wikimedia Commons

▲紀元前2世紀ごろローマに建てられた『ポルトゥヌス神殿』は古代ギリシャの神殿建築の技術を利用(模倣)したもの。

 

 

▼古代ギリシャの建築の特徴?となったらこちらから!▼

パルテノン神殿
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古代ローマにおいて古代ギリシャからの影響は特に強いものでしたが、それらを取り入れた上で古代ローマ人たちは今までに無かった新しいことをどんどんスタートさせました。

 

 

 

 

まず古代ギリシャでは神々を奉るための神殿に高度な建築技術を使用していたのに対し、ローマ建築では円形闘技場(コロッセオ)、浴場施設(テルマエ)や劇場などの娯楽施設にギリシャの神殿建築の技術を利用しました。

ローマ テルマエ 出典:TOA Waters

▲古代ローマの公衆浴場はテルマエと呼ばれ、多くの都市に少なくとも1つの公衆浴場が存在した。古代ローマ人は1日のうち数時間をそこで過ごし、社交場としても利用されていた。

 

 

また、コンクリートの発明、精密に構築された上下水道、水道を架けるためのアーチ、建築物の天井を覆うヴォールトドーム、橋などの優れた土木・建築工学は古代ローマの文化水準の高さを物語っていて、後世に与えた影響は計り知れません。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
テルマエは貧富の差は関係なく誰でも利用出来て、施設も充実!図書館、美術館、ショッピングモール、バー、レストラン、ジムも併設されていたんだにゃ。ローマ皇帝は市民を喜ばせ、自らの名声を後世に残すために公衆浴場を築いたと言われていますにゃあ〜

 

 

アーチ

古代ローマ アーチ出典:BEST LIFE

▲スペインにある『セゴビアの水道橋』は古代ローマを代表するアーチ構造を持つ建築物。この橋の特徴はまさに細長く高いところで、高さは地上30メートルあるが、幅はたったの2.4メートルしかない。このあまりの大きさから「悪魔の橋」とも呼ばれている。

 

 

アーチとは半円形に弧を描いた梁(はり)のことで、古代ローマの建築ではトンネル、橋、建物の入り口などに頻繁に用いられました。

 

 

 

 

石やレンガなどのブロック状の材料を組み合わせて積み上げる構造を組積造(そせきぞう)と言い、古代ローマのアーチはこの組積造で造られています

 

 

 

 

また、古代ローマのアーチ形状は半円形(半円アーチ)となっていて、アーチを構成する石の数が、必ず奇数個となります。

 

 

 

 

奇数個となるのはアーチの頂上にキーストーンと呼ばれる石を差し込む為で、この石はアーチが崩れないように全体を締める役割がありました。

アーチ キーストーン 要石出典:福岡大学工学部建築学科

▲キーストーンは要石(かなめいし)、楔石(くさびいし)とも呼ばれ、頂上であることを示すと同時にアーチが崩れないように締める役目を持つ。

 

 

アーチについて過去に遡ると、古代エジプトや古代ギリシャでもアーチは使用されていました

 

 

 

 

しかしそれほど多用されることはなく、規模の小さいもの横からの力で崩れる心配の少ない地下や半地下の建造物などにほぼ限定されていました。

オリンピア 古代ギリシャ アーチ出典:トリップドットコム

▲古代ギリシャの都市『オリンピア』にある古代競技場のアーチ構造の通路。通路の左右の壁は土で固められているため、横からの力により崩れる心配が無い。

 

 

古代ローマ人はそれを洗練させ、地上で、しかも大型のアーチ構造を持つ建築物を次々に完成させました。

 

 

 

コロッセオ(コロッセウム)

古代ローマ コロッセウム コロッセオ出典:Britannica

 

コロッセオ(コロッセウム)は西暦80年に造られた円形闘技場で、半円アーチが用いられた古代ローマを代表する建築物です。

 

 

 

各地から3万人以上の奴隷が集められ西暦70年に着工、人力でわずか10年で完成させました。

 

 

 

 

コロッセオでは娯楽施設として剣闘士同士の闘いや、猛獣との闘いなどが盛んに行われたほか、キリスト教迫害の時代には多くのキリスト教徒がこのコロッセオの中で野獣の爪牙(そうが)にかかって殉教するなど処刑の場としても使われていたのは有名なお話。

コロッセオ キリスト教 猛獣出典:Wikimedia Commons

▲19世期に描かれたコロッセオでのキリスト教との公開処刑『キリスト教殉教者の最後の祈り』。地下には手動のエレベーターのような装置があり、猛獣たちを地下の檻から闘技場へ直接放った。

 

 

コロッセオは4階建てで、円形闘技場に入るアーチは全周で80箇所あり、そのうち皇帝用のアーチや剣闘士入場専用アーチを除く76のアーチには番号が付けられています。

 

 

 

 

これは入場券にアーチの番号が記されていて、観客が混乱せずに入場できるようにするためのものだったそうです。

コロッセオ アーチ オーダー出典:UnSplash

▲オーダーは各階で様式が異なり、1階はドリス式、2階はイオニア式、3階はコリント式になっている。壁面の穴は戦傷の痕ではなく、建設および補修時の足場用の木材を挿入するための穴。

 

 

また、コロッセオにはローマン・コンクリート(火山灰を配合したコンクリート)が使用されていることも大きな特徴です。

 

 

 

 

コンクリートは二酸化炭素や塩害によってしだいに強度を失っていくため、現代のコンクリート建造物の寿命は、およそ50年から100年程度と言われています。

 

 

 

 

これに対しローマン・コンクリートは火山灰を配合したことにより、なんと強度が数千年間保たれるようになっているそうです。

 

 

 

 

 

古代ローマ帝国遺跡を調査した東北大学教授の久田真は、火山灰を入れることでコンクリートが緻密になり耐久性が増した上に、劣化の原因となる二酸化炭素や塩分の染み込みを妨ぎ、耐用年数を長くする効果もあると推測しています。

ローマン・コンクリート出典:Nephi code

▲ローマン・コンクリートの断面。不要になった古いレンガを細かく砕いて混ぜられていることから、現代のコンクリート同様に骨材(こつざい)の再利用が行われていたと考えられる。骨材はコンクリートが固まる際に起こる発熱や、収縮を抑える効果がある。

 

 

実際に火山灰をまぜたローマン・コンクリートは、通常のコンクリートに比べて二酸化炭素が鉄筋に到達するまでの期間が約1.7倍塩分が到達するまでの期間が約1.2倍にそれぞれ延長されることが、実験で証明されています。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
強度が高く、寿命も長いローマン・コンクリートは、軍事面での応用や研究も行われているんだにゃ。ほかには鉄道の枕木(まくらぎ)や下水管、滑走路や石造りの建築物の補修などなど、いろんな用途で実験や研究が進められているんですにゃあ〜

 

 

ガール水道橋(ポン・デュ・ガール)

ガール水道橋 ポン・デュ・ガール出典:Unsplash

 

ポン・デュ・ガール(ガール水道橋)は、フランス南部・ガール県のガルドン川に架かる水道橋で、水源地であるユゼスから当時ネマウススと呼ばれていた『ニーム』という町までの導水路として西暦50年頃に建設され、約6世紀に渡って飲料水を運ぶために使われました。

 

 

 

 

近くの石切り場で取られた石灰岩で作られたガール水道橋は、ガルドン川に渡って掛かる全長360メートルの巨大なものです。

 

 

 

 

橋は3層から成り立ち、6つの大きなアーチからなる最下層若干サイズの小さな11のアーチからなる中層35の小さなアーチが並ぶ最上層からできています。

ポン・デュ・ガール ガール水道橋出典:Unsplash

▲ガルドン川に架かるガール水道橋の3層のアーチは上に行くほど幅が狭くなっている。全体の高さはガルドン川の最低水位から 49メートル。

 

 

ポンプのないこの時代、水を運ぶには高いところから低いところへ水を流すために水路に高低差をつける必要があり、水源地から街までの距離は約50km、高低差は17mほどしかなく、1kmあたり平均34cmという勾配をつけて水が流れるよう設計しなければなりませんでした。

 

 

 

 

その水路における難所が川。そこで建造されたのが、16階建てのビルに匹敵する高さ49mの三層構造の水道橋、ポン・デュ・ガールです。

 

 

 

 

この高度な建築技術により、水路はポンプを用いずに1日に2万立方メートルもの水を供給することを可能にしました。

ポン・デュ・ガール ガール水道橋出典:EBARA

▲ガール水道橋の平均斜度は1kmあたり34cmで、ポン・デュ・ガール上流ではもっとも傾斜を大きくしている。それはこの橋の高さを出来る限り低く抑えようとしたためであった。

 

ガール水道橋出典:Unsplash

▲ガール水道橋の橋脚はすぐ下を流れるガルドン川が氾濫しても倒壊しないように、水圧を分散させるため先端を尖らせたような形状になっている。この形状により、2002年にフランスを襲った大水害でも壊れることはなかった。

 

 

ヴォールト

円筒ヴォールト出典:CIE470

▲ブルガリアにあるローマ時代に建築された『プロヴディフの円形闘技場』の円筒ヴォールト

 

 

ヴォールトとは、アーチを平行に押し出したかまぼこ型のトンネルのような形状を特徴とする天井様式および建築構造の総称で、日本語では穹窿(きゅうりゅう)と訳されます。

 

 

 

 

基本的なトンネル形状のヴォールトは円筒ヴォールトと呼ばれます。

コロッセオ 円筒ヴォリュート出典:THE HISTORY HUB

▲コロッセオ内にある円筒ヴォールトの通路。床や壁には一面に大理石が貼られていたが、6世紀以降の古代末期には次第に闘技場として使用されなくなり、中世になると大理石は剥がされて他の建築物に流用された。

 

 

 

円筒ヴォールトと同じようなトンネル状の天井は古代エジプト、古代ギリシアなどにもすでに存在したことが知られていますが、倉庫や下水道や墓廟の入口など小規模であったり、構造もローマ時代とは異なっていました

古代エジプト ヴォールト出典:Project Gutenberg

▲紀元前15世期ごろの古代エジプト遺跡から見つかった半円アーチ状の天井を持つ空間。天井は大きな2つの石で支え合っているのみで、すでに左の石はズレて落下の危険がある。一見形状は似ているが、アーチ構造となっていないためヴォールト天井とは呼べない。

 

 

オリンピア 古代ギリシャ アーチ出典:トリップドットコム

▲古代ギリシャの都市『オリンピア』にある古代競技場のアーチ構造の通路。崩れ落ちてしまっているが、当時はアーチが奥まで続いて円筒ヴォールトとなっていた。

 

 

 

ドーム

ドーム パンテオン出典:Wikimedia Commons

▲西暦128年に建造された『パンテオン』のドームは、ローマン・コンクリートが使用された世界最大のドーム建築だった。『Interior of the Pantheon, Rome』(1734年)

 

 

ドームとはクーポラ丸屋根(まるやね)とも呼ばれる建築における屋根の形状のことで、半球形をした屋根のことです。

 

 

 

 

ドームは、アーチの頂部を中心として水平にくるくると回転させた形状をしていて、じつは構造的にもアーチとかなり類似しています。

ドーム出典:ミカオ建築館

 

ドームの自重やその他の荷重をドームの面内に沿って下部に伝えるため、外から屋根を支える支柱や壁が不要である場合が多いので大空間を覆う屋根として適しています

 

 

 

 

ローマ人はドーム建造に木、石、煉瓦、陶器、コンクリートなどを用い、ローマで最大のドームであるパンテオンのドームにはローマン・コンクリートが用いられました。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
キリスト教が広まる以前のローマ時代のドーム建築は浴場、別荘、宮殿、墓がほとんどで、パンテオンは神殿にゃんですが、じつは浴場(アグリッパ浴場)に併設した施設として建てられたものだったんですにゃあ〜

 

 

パンテオン

パンテオン出典:Unsplash

▲『パンテオン』はギリシア語で「すべての神々」という意味

 

 

パンテオンはローマ市内のマルス広場に建造された神殿で、「様々なローマ神を奉る神殿」として建造されました。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
パンテオンは、いろんな神様を祀っている神殿という意味で万神殿(まんしんでん)とも呼ばれていますにゃあ〜

 

 

 

最初のパンテオンは紀元前25年、初代ローマ皇帝アウグストゥスの側近マルクス・ウィプサニウス・アグリッパによってローマの神々を奉る神殿として建造されましたが、西暦80年に落雷による火事で焼失してしまいます。

 

 

 

 

2代目のパンテオンは118年から128年、ローマ皇帝ハドリアヌスによって再建されました。

 

 

 

 

現在、ローマで見ることが出来るのはこの再建されたパンテオンで、ファサードには亡きアグリッパに敬意を表し 『M. AGRIPPA L. F. COS TERTIUM FECIT』と彫られていています。

 

 

 

 

この意味は『ルキウスの息子のマルクス・アグリッパが、3度目のコンスル(執政官:ローマの長)の際に建造)』となります。

パンテオン ファサード アグリッパ出典:Unsplash

▲北側ファサード、12.5メーターの巨大なコリント式オーダー上部に「AGRIPPA」の文字が見える

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
パンテオンで使われているオーダーは、ローマから4,000キロも離れたエジプト東部の砂漠の真ん中にある「モンス・クラウディアヌス」っていう山から削り出してきたものなんにゃ。こんな命令出されたら頭まっしろになって途方にくれちゃうにゃあ〜

 

 

 

パンテオンの建物は、深さ4.5mのローマン・コンクリート基礎の上部に直径43.2mの円堂(ロトンダ)があり、その上にドームが載った構造で、壁の厚みはドームを支えるために6mにも達します

パンテオン ロトンダ ドーム出典:古代ローマライブラリー

▲ロトンダとは「円形建築」のこと、ポルティコ(ポルチコ)とは「建物の玄関に導くように付けられる、柱や壁で支えられた屋根のあるポーチ」のこと

 

 

 

床からドーム頂部までの高さは直径と同じ43.2mで、頂上部分にはオクルス(ラテン語で「目」の意味)と呼ばれる採光のための直径9メートルの開口部があり、ドームが重たく感じないようにしています。

パンテオン ドーム オクルス出典:Unsplash

▲オクルスから降り込んできた雨水は、パンテオンの床に開けられた小さな穴から排水される仕組みになっている。古代ローマ人たちは「建築物にとって水は敵」と心得ていた。

 

 

ローマの神々が信仰されていたパンテオンでしたが、608年頃にはキリスト教の聖堂となり、破壊されることなく今日までその姿が残りました。

 

 

ローマ建築のオーダー

オーダー ローマ出典:THISisCarpentry

▲ローマ建築で使用されたオーダーは左から「トスカナ式」、「ドリス式」、「イオニア式」、「コリント式」、「コンポジット式」の5種類で2種類が追加された。

 

 

古代ギリシャ人たちは3つのオーダーである「ドリス式」「イオニア式」「コリント式」を発展させてきました。

 

 

 

 

古代ギリシャの建築技術を継承した古代ローマでの建築には、今までの3種類のオーダーに加え、2種類のオーダートスカナ式コンポジット式が使用されました。

 

 

▼オーダーについて忘れてしまった方はこちらから!▼

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トスカナ式オーダー

トスカナ式 オーダー出典:Thought Co

 

トスカナ式オーダーは、紀元前8世紀頃にイタリア中央部に現れた民族エトルリア人が創造したエトルリア建築に起源を発するといわれるオーダーです。

 

 

 

 

ドリス式オーダーとよく似たシンプルな柱頭はほとんど同じデザインですが、多くのドリス式オーダーに見られるフルーティングと呼ばれる柱の溝彫りが無く、つるっとしたボディをしているのが特徴です。

トスカナ式 オーダー出典:ミカオ建築館

▲多くのドリス式はフルーティングと呼ばれる「溝彫り」があるのに対し、トスカナ式はドリス式の簡易型にも見えるように溝が無く、全体的にシンプルなデザイン。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
じつはドリス式オーダーでもフルーティングの無いオーダーもあったりするから、トスカナ式との違いがわかりにくい時もあるんですにゃ!試験でドリス式とトスカナ式を迷ったら、フルーティングのあるなしで判断すれば、とりあえずは間違い無いですにゃあ〜

 

 

コンポジット式オーダー

コンポジット式 オーダー出典:ICAA

▲アカンサスの葉の装飾の上に大きなヴォリュート(渦巻装飾)がつけられたコンポジット式オーダー

 

 

コンポジット式オーダーは、イオニア式とコリント式のオーダーを合体させたようなオーダーで、最も装飾性が強いオーダーです。

 

 

 

 

コンポジットとは混合式を意味していて、柱頭の上にイオニア式の渦巻模様(ヴォリュート)下にはコリント式のアカンサスの葉の装飾が見られます。

ケルスス図書館 全景

ケルスス図書館 コンポジット式 オーダー出典:Ancientart.tumblr

▲トルコにある『ケルスス図書館』(西暦130年頃完成)のファサードにあるコンポジット式オーダー。ローマ帝国における現存する唯一の図書館の遺構で、19世期に発見されるまで廃墟と化していた。このケルスス図書館のファサード以外は木造だったため、全て火事により失われている。

 

 

コンポジット式 オーダー Titus出典:7k Today

コンポジット式出典:Pixabay

▲西暦82年、ローマのフォロ・ロマーナに建設された『ティトゥスの凱旋門』は古代ローマ時代の凱旋門で、損傷が激しいものの当時のコンポジット式オーダーを残す貴重な遺産。有名なパリのエトワール凱旋門の建築の際には、このティトゥスの凱旋門が参考にされた。

 

 

 

古代ギリシャから使用されていたコリント式オーダーもアカンサスの葉を使用した装飾でコリント式かコンポジット式かで迷うことがあるかもしれませんが、コリント式の渦巻きは細く小さいのが特徴です。

コリント式 オーダー ギリシア出典:Athens Key

▲古代ギリシャ建築で使用されていた一般的なコリント式オーダー。コンポジット式と比べるとこの渦巻きは植物的で、細く小さく、そして数が多い。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
コンポジット式オーダーは、その後渦巻きのかわりに人や動物の頭をあしらったものも誕生して、最もヴァリエーションが多いオーダーと言われていますにゃあ。

 

 

古代ローマの住宅と家具

ドムス

ポンペイ ドムス 古代ローマ出展:Pinterest

▲天窓付きの中央広間を持つ古代ローマの都市『ポンペイ(イタリア)』に存在したドムスの復元図

 

 

ドムスとはラテン語で「家屋」または「家庭」を意味することばで、古代ローマでは上流階級の市民たちが住んだ住宅を指しました。

古代ローマ ドムス出典:Pinterest

▲ドムスは古代ローマの主要な都市に広く分布しており、大理石やモザイクタイル、壁にはフレスコ画で鮮やかに飾られていた。英語の “domestic”(家庭の)という単語はこのドムスが語源

 

 

 

裕福なローマ人たちは都市にあるドムスのほかに、郊外や領地にヴィラと呼ばれるカントリー・ハウス(別荘)を所有していました。

ヴィラ 古代ローマ出典:Pinterest

▲セフォリス(現在の北イスラエル)にある中庭の見えるヴィラで酒宴をするローマ人たち

 

 

古代ローマのエリート階級の人々は、ドムスに凝った大理石の装飾を施し、大理石のパネルやドア枠や円柱を使い、高価な絵画やフレスコ画(壁に塗った漆喰の上に直接顔料で描く技法)で飾りました。

ポンペイ フレスコ画

ポンペイ ドムス フレスコ画出典:Altmarius

▲西暦79年の火山の噴火で消えた古代ローマの都市『ポンペイ』のフレスコ画で描かれたドムスの壁面

 

 

古代ローマの時代はモザイク床も有名で、ヨーロッパ各地から北アフリカ一帯に至るまで広い範囲で発掘されていて、豪華なモザイク床は贅沢なローマ時代のドムスやヴィラを特徴付けています

 

 

 

 

モザイクとは、小片を寄せ合わせ埋め込んで、絵や模様を表現する装飾美術の技法のことです。

ポンペイ モザイク出典:World History Encyclopedia

▲古代ローマ時代のポンペイから出土した『Cave canem”(犬に注意)』と書かれたモザイク

 

 

 

石、陶磁器、ガラス、貝殻、木などが使用され、建築物の床や壁面、あるいは工芸品の装飾のために施されました。

ポンペイ ドムス モザイク

ポンペイ ローマ モザイク出典:Classical wisdom

▲ポンペイから出土したドムスの床に貼られた美しいモザイク。モザイクには石、タイル、ガラスなどが使用された。もともとは単純な幾何学的なモチーフだったが、次第に戦闘シーン、動物、そして識別可能な人間の顔を描くなどモザイク技術が洗練された。モザイクの使用は古代の世界全体に見られるが、ポンペイモザイクの技術の高さは他に類を見ない。

 

 

アトリウム

アトリウム 古代ローマ ポンペイ出典:kala kashetram

▲19世期に描かれたポンペイのアトリウム想像図

 

 

古代ローマのドムスやヴィラでは天窓のある中央広場アトリウムと呼ばれ、天窓のすぐ下には水盤が設けられ、おしゃべりをする憩いの場として利用されました。

 

 

 

 

ギリシャ神話では宮殿の水盤のある中庭をアトリウムと呼んでいて、そこからラテン語で古代ローマ時代の住居の中庭を意味するようになりました。現在でいう「アトリエ」の語源にあたるのがこのアトリウムです。

ポンペイ ローマ アトリウム出典:Wikimedia Commons

▲ポンペイにあるアトリウムで劇作家と俳優、音楽家たちが劇場で行われる演劇の打ち合わせをしている様子を描いた絵画(1861年作)

 

 

またアトリウムの天窓については、古来からイタリア半島に住んでいた民族であるエトルリア人の住居が草葺き屋根で、室内の暖炉の煙を逃がすように屋根の中央に穴が開いていました

 

 

 

 

この屋根に開けられた排煙用の天窓がアトリウムにある天窓の起源とされています。

アトリウム ドムス出典:REALM OF HISTORY

▲古代ローマのドムスやヴィラではアトリウムや中庭があるのが常識だった。ポンペイには大通りに面して飲食店や食材店、飲料店、ファストフード店に近い店もあった。

 

ポンペイ テルモポリウム出典:読売新聞

▲2020年、ポンペイで色鮮やかなフレスコ画が描かれた飲食店のカウンターが発掘された。古代ローマのファストフード店というべきもので、カウンター内にはいくつもの窯のようなものが見える。れんが製の調理台の上からは魚や山羊、鴨、カタツムリなどが見つかったことから、シチューやパエリアといった温かい料理とワインが提供されていたという。

 

ポンペイ ストア 店出典:www.this-is-italy.com

▲古代ローマ時代の飲食店の様子。ポンペイの遺跡からは当時の居酒屋のメニューも出土し、「お客様へ、私どもは台所に鶏肉、魚、豚、孔雀(くじゃく)などを用意してあります。」と書かれていた。

 

 

セラ・クルリス

セラ・クルリス 出典:Ingenia contract /セラ・クルリス

 

セラ・クルリスとは古代ローマで使用された折りたたみの椅子で、ローマ帝国の権力者が座ることを許された椅子でした。

 

 

 

 

最も初期の記録には、紀元前494年の戦争勝利の際、ローマの独裁官にセラ・クルリスが授与されたとの記述が残っています。

 

 

 

 

また紀元前44年には、シェイクスピアの書いた政治劇・悲劇である『ジュリアス・シーザー』にも登場しています。

 

 

 

 

セラ・クルリスは古代ローマで流通していた硬貨や記念碑にも使用されました。

 

セラ・クルリス メダル

出典:MA shops

▲当時流通していた硬貨に描かれていたセラ・クルリス。他にもいくつかの硬貨のデザインに同様の椅子がモチーフに使用されている。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
残念にゃがら、このセラ・クルリスは長時間座ることが出来ないくらい座り心地が悪かったらしいにゃ・・・

 

レクタス

レクタス クリーネ 古代ローマ出典:Pinterest

 

レクタス富裕層が宴会などで使用した寝椅子です。

 

 

 

 

古代ローマの遺跡から出土するフレスコ画や絵画、そして後世の画家たちが当時の様子を描いている為、レクタスがどのように使用されていたのかは現代でも伺い知ることができます。

古代ローマ レクタス クリーネ 

出典:Getty

▲古代ローマの酒宴の様子を描いた油絵。ダイニングに対してレクタスがL字型になるように配置され、左手前側にはオットマンのような家具も使用されている。(ロベルト・ボンピアーニ:19世紀)

 

 

同じような寝椅子に古代ギリシャで使用されたクリーネがありますが基本的には同じもので、レクタスはラテン語で「ベッド」の意味、クリーネはギリシャ語で「ソファ」という意味です。

 

 

▼古代ギリシャでも使用されていた寝椅子『クリーネ』はこちらから▼

パルテノン神殿
【古代の様式・前編】エジプト、ギリシャ文化の建築や装飾の特徴とは?画像で徹底解説します【世界のインテリアの歴史①−1】この記事ではエジプト、ギリシャ文化の様式についてわかりやすく解説しています。古代の建築やその技法、特徴的な装飾、使用されていた家具などについて詳しく学習しましょう。インテリアコーディネーター、建築士などの資格勉強、歴史の勉強にも最適。ぜひご活用下さい。...

 

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
古代ローマ人の生活は貧富の差はあったものの、パンや果物や、肉に魚など、今とは変わらないような食事を楽しんでいたんにゃ!浴場や劇場などエンターテイメントも発達してたんにゃからびっくりにゃー

 

 

 

 

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