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【民家の歴史とインテリア】庶民の住宅『民家』の歴史とその進化を画像で解説【日本のインテリアの歴史⑦】

白川郷 合掌造り

 

 

こんにちは、しけたむです!

 

この記事では

 

  • 「そういえば貴族や武士以外の一般人たちの暮らしってどんな生活をしていたの?」
  • 「日本にあるいろいろな民家の形式について詳しく知りたい。」

 

 

という人のために

 

民家の歴史とインテリアについて、分かりやすく写真付きでご紹介していきます。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
庶民たちの住宅は、支配者層たちの邸宅から遅ればせながら少しずつ発展をしてったんですにゃ!写真を見ながら進化の歴史を見ていくにゃー

 

 

 

 

 

庶民の住居

平安時代末期の人々出典:年中行事絵巻/平安時代末期の町の様子

 

 

平安時代頃の庶民の生活は、まだまだ古代のような竪穴住居生活が主流でした。

 

 

寝殿造で優雅な生活を送っていたのは貴族たちだけです。

 

 

 

庶民の住宅に床座を基本とする支配者層と同じような邸宅の影響が現れるのは、

中世(鎌倉・室町時代あたり)以降のことです。

 

 

 

最も初期の庶民たちの床座の住居は、

土間部分と床座部分が2分割された二室住居でした。

 

 

二室住居

二室住居 外観出典:日本の旅

▲鎌倉時代から室町時代に存在した大規模集落の港町の復元(広島県福山市)

 

 

二室住居は、丸太を穴を掘った地面に直接埋め込んで柱とした、

掘立小屋(ほったてごや)のような粗末な住居でした。

 

庶民 二室住居 全景出典:日本の旅

▲手前は船着場。奥には市場が見える。

 

 

掘立小屋の建物内部は『土間』という地面剥き出しのスペースがあり、

ここが火を使う調理のスペースとなっていました。

 

 

 

今で言うと「入ってすぐキッチン!」と言うイメージです。

 

 

いや、キッチンなんて呼べるものではありませんでしたが、、、

 

庶民 二室住居 室内出典:日本の旅

 

 

そして床座部分、つまり寝食をする場所

 

草履や草鞋(わらじ)を脱いで、上がる場所ですね。

 

庶民 二室住居 生活出典:日本の旅

 

 

『土間』『床座』の2室しかないから、『二室住居』です。

 

 

広間型住居

民家 土間 民家園出展:MATCHA

▲17世紀後期の広間型住宅『旧太田家住宅』。手前から土間、広間、奥には座敷と納戸がある。

 

 

二室住居は、江戸時代以降に広間型住居への発展が見られました。

 

 

農家に見られる広い『土間』は、農作業や炊事をする場として、また、物置として使われます。

 

 

土間から奥に進むと、1段高くなったところに床が敷いてあり、囲炉裏のある『広間』と、奥の『座敷』、それに寝室として使っていた『納戸(なんど)』があります。

 

 

 

このような間取りの住居を『広間型住居』といいます。

広間型住居 間取り出典:親子のすまいかた教室/昔ながらの住まいに学ぶ

▲広間型住居の間取り。丸い黒点は柱の位置を示す。

 

 

囲炉裏のある広間は家族みんなの生活の中心で、家事やだんらん、食事などの場として使われました。

 

 

 

囲炉裏のまわりに座る位置は決まっていて、家の主は座敷に近い奥の場所若い女性は流しに近い場所と決められていました。

 

 

 

座敷は接客の間として使われ、納戸は窓や出入り口を小さくして、大切なものをしまったり、家族が寝る部屋としても使用されました。

 

 

 

田の字型住居(四間取り住居)

田の字型住居 四間取り住居 民家出展:輝建設

▲奈良県にある国指定重要文化財『旧臼井家住宅』(18世紀初頭)

 

 

広間型住居がさらに発展し、田の字型住居が登場しました。

 

四間取り(よつまどり)住居とも呼ばれます。

 

 

 

広間部分が田の字に建具で仕切られ、多様な使い方に対応できるようになっています。

 

田の字型住居 間取り出典:べんりや日記/田の字型住居

▲四角は柱の位置。このような大型の住居は特に農村部などで見られた。

 

 

玄関から入ると、奥の方まで通じる『土間』には、『勝手(台所)』『風呂』等の水廻りが隣接する屋内の作業場としての機能を持っていました。

 

 

 

土間と畳の部屋との間には、一段上がった『小上がり』の板場があり、そこから座敷に上がる事ができます。

 

 

 

『座敷』には『仏間』『床の間』が設けられることがあり、ここで冠婚葬祭の行事を行いました。

 

 

 

『茶の間』は今で言う居間(リビング)のような部屋で、家族がだんらんをする部屋です。

 

 

 

地域によっては『厩(馬屋)』も隣接して、冬の間は家畜も一緒に生活していました。

 

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
間取り図の真ん中に見える四角い大きな柱が『大黒柱』だにゃ!神棚を大黒柱にくっつくカタチで設置したんだにゃー!大事な仏壇や位牌は火事の時に家の外から取り出せるように、壁が外れるようになっていたんだにゃあ〜

 

 

都市の店舗併用住宅『町屋』

町屋 商家 暖簾出典:三井広報委員会

▲江戸時代の日本橋。左が現在の三越、右が三井越後屋『駿河町越後屋正月風景図』(1673年ごろ)

 

 

室町時代には京都の町衆(まちしゅう)

いわゆる商人が勢力を拡大し店舗併用住宅の町屋が発達しました。

 

 

 

室町時代の町屋は板葺き石置き屋根でまだ瓦などは見られません。

 

 

ちなみにこの石は、板が風で飛ばされないように重しとして乗せていました。

 

室町時代 町屋 板葺き石置き屋根出典:絵巻三昧/石置板葺

 

 

江戸時代になると2階建ての町屋が増え、瓦屋根の家が多くなり、

屋根には卯建(うだつ)をあげる家もありました。

 

江戸時代 町屋 卯建(うだつ)出典:美濃市美濃町/卯建連棟家屋

 

 

卯建は自分の家と隣の家の間の屋根を少し持ち上げた部分のことです。

 

 

 

用途は隣からの火が延焼しないように防火壁としての役割でしたが、

江戸時代中期ごろには装飾的な役割が強くなりました。

 

 

 

卯建を上げるためにはそれなりの出費が必要だったことから、

これが上がっている家は比較的裕福な家に限られていました。

 

町屋 卯建(うだつ)出典:関健一写真のページ/美濃市美濃町

▲美濃市美濃町にある酒屋の卯建

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
ちなみに「生活や地位が向上しない」ていう意味の慣用句「うだつが上がらない」の語源って言われてますにゃ!

 

 

 

町屋建築は壁面は土壁で塗られ、入り口には暖簾(のれん)を下げるところもありました。

 

大てんま町木綿店 木綿出展:時空を超えて

▲江戸の流行発信地・大伝馬町で軒を連ねていた木綿生地屋の店先を描いた春の一枚『大てんま町木綿店(名所江戸百景)』歌川広重

 

 

 

火事と喧嘩は江戸の花』と言う言葉があるように、とにかく火事が多かったそうです。

 

 

 

卯建も火事対策ではあったのですが、建物の外壁には漆喰(しっくい)(※)で塗り込んだ塗屋造(ぬりやづくり)が奨励されました。

 

 

漆喰とは、現代でも外壁や内装にも使われる左官(コテを使って塗る)材料です。

水酸化カルシウム(消石灰)・炭酸カルシウムが主成分。

この成分はサンゴ礁のサンゴと同じものであり、自然素材の代表とも言われます。

燃えない、調湿機能がある、など機能性もよく、大変人気があります。

 

土壁 漆喰 左官出典:Wing home /漆喰の持つメリット

 

 

 

町屋建築町家とも表記され、要は町にある家のことなんですが、

商人の家(商家)を指すことが多いです。

 

江戸時代 町屋建築出典:熈代勝覧

 

 

大通りに面して並んでおり、入り口が狭いですが奥に長い間取りになっているのが特徴的です。

 

 

ちなみに裏通りには貧しい庶民の住宅が並んでおり、すでに貧富の差が顕著に町には現れていました。

 

京町家 間取り図出典:LIFE BATON

 

こちらが町屋の一般的な間取りです。

 

 

履き物を脱がずに入れる通り庭から台所を通って奥へ抜ける部分と、

店(ミセ)から奥の間へ続く部分との、2列平面プランとなっていました。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
店(ミセ)と奥の間に挟まれた部屋を『中の間(なかのま)』とも呼ばれましたにゃ!『ハシリ庭』は奥様たちが食事を忙しく作っている様子からそのように呼ばれたらしいにゃ!

 

 

いろいろな民家のタイプ

 

 

近世に入ると庶民たちも経済力をつけて裕福になる庶民が現れました。

 

 

富を得た庶民たちは、彼らの住む土地や地方独特の民家を造るようになりました。

 

 

曲屋(まがりや)

曲屋 岩手県 南部曲り屋南部 曲屋 室内出典:盛岡手づくり村

▲岩手県にある茅葺き屋根の南部曲屋

 

 

曲がり屋は曲屋、曲り屋とも表記され、上空から見るとL字型の建物になっています。

 

 

 

 

母屋と厩(うまや)がL字型に一体化したつくりとなっているのが特徴です。

 

曲屋 南部 厩出展:建物探訪記

▲母屋にある囲炉裏で焚いた火の熱が厩にも流れて冬の寒さから馬を守ることができる

 

 

ちなみに厩(うまや)は馬屋とも表記します。

 

 

 

岩手県にある『南部曲り屋』が有名。

 

 

ちなみにL字型の曲がり屋に対し、I字型の直線型の民家直屋(すごや)といいます。

 

 

中門造(ちゅうもんづくり)

民家 中門造(ちゅうもんづくり)出典:東北の民家

▲秋田県にある旧吉尾家住宅の両中門造(18世紀末ごろ) 

 

 

新潟県や秋田県に見られる中門造(ちゅうもんづくり)

 

 

曲がり屋と形状は似ており、建物形状がL字型やU字型をしているものもあります。

 

 

どちらも似ていてややこしいかもしれませんが、違いは入り口の位置です。

 

 

 

中門造はLの字が伸びた先端に入口が付きますが、曲がり屋はLの字の内側側面に入口が付きます。

 

福島県 南会津 中門造出展:閑古鳥旅行社

▲福島県南会津町にある、切妻造の中門の正面に玄関のある典型的な中門造。

 

 

本棟造(ほんむねづくり)

長野県 本棟造(ほんむねづくり)出典:木族の家

▲長野県東筑摩郡にある本棟造の住宅

 

 

本棟造(ほんむねづくり)は長野県に分布する民家の形式です。

 

 

 

明確な定義はありませんが、一般的には

切妻造り妻入り、緩い勾配の屋根、『雀(スズメ)おどし』と呼ばれる棟飾り、正方形の間取り

が特徴です。

 

 

 

雀おどし(雀脅し)は屋根のてっぺんに見える特徴的な装飾です。

 

 

重要文化財にも指定されている住宅の『堀内家』『馬場家』などが有名です。

 

本棟造 堀内家出展:WAKWAK

▲長野県塩尻市にある江戸後期に建築された本棟造の住宅『堀内家』

 

 

 

▼屋根の妻ってなんだっけ?ならこちらから!▼

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合掌造(がっしょうづくり)

岐阜県 白川郷 合掌造り出典:LINEトラベル

 

 

合掌造り(がっしょうづくり)は、日本の住宅建築様式のひとつです。

 

 

岐阜県にある白川郷は合掌造りの集落です。

 

1995年にユネスコの世界文化遺産に登録されたことで一躍有名になりました。

 

 

 

合掌造りの急勾配の屋根は見たら忘れられない特徴的なデザインをしています。

 

 

現存する合掌造りの屋根勾配は、約45度から60度まで、傾きにかなりの幅があります。

 

合掌造り 屋根裏出展:白川村役場

▲ 国指定重要文化財となっている和田家の屋根裏。養蚕業の作業場として積極的に利用された。

 

 

合掌造りが日本の一般的な民家と大きく違うところは、屋根裏(小屋内)を積極的に作業場として利用しているところです。

 

 

 

幕末から昭和初期にかけ、白川村では養蚕業(ようさんぎょう)が村の人々を支える基盤産業だったので、屋根裏の大空間を有効活用するため小屋内を2~4層に分け、蚕(かいこ)の飼育などを行う作業場として使用されていました。

 

 

 

また、この急勾配の屋根は降った雪が積もりにくい工夫でもあります。

 

合掌造り 雪 出展:スカイチケット

▲雪が積もりにくい急勾配の屋根。建物はほぼ全て南北に同じ方向を向いている。

 

 

白川郷の合掌造りは南北に面して建てられおり、これは白川の風向きを考慮し、風の抵抗を最小限にするとともに、屋根に当たる日照量を調節して夏涼しく、冬は保温されるようになっています。

 

 

 

 

白川郷の合掌造りが広く知られ、各方面から注目をされるようになったのは、ドイツの著名な建築家であり建築学者であるブルーノ・タウトが、著書『日本美の再発見』で合掌造りについて記述したことがきっかけといわれています。

 

 

 

ブルーノ・タウトは著書の中で、

「合掌造り家屋は、建築学上合理的であり、かつ論理的である」

と絶賛しました。

 

 

 

また、

「この風景は、日本的ではない。少なくとも私がこれまで一度も見たことのない景色。これはむしろスイスか、さもなければスイスの幻想だ」

とも述べています。

 

 

 

このブルーノ・タウトの高い評価により、白川郷の合掌造りは世界中の人々の関心を集めるようになったのです。

(ちなみにブルーノ・タウトは1935年5月に白川郷を訪問しました。)

 

 

▼ブルーノ・タウトはこちらの記事でご紹介▼

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ナンタルカ
ナンタルカ
合掌造りの名称の由来は、掌を合わせたように三角形に組む丸太組みを「合掌」と呼ぶことから来たと推測されていますにゃあ。

 

大和棟(やまとむね)、高堀造(たかへいづくり)

奈良県 大和棟(やまとむね) 高堀造(たかへいづくり)

出典:奈良大和路~悠~遊~

 

 

大和棟(やまとむね)又は高塀造(たかへいづくり)は日本の民家建築のひとつです。

 

 

奈良県で見られ、そのデザインはとっても特徴的です。

 

切妻の草葺き屋根瓦が組み合わされています。

 

白い漆喰壁と屋根の色のコントラストがとっても美しいですね。

 

 

ちなみに棟の高い部分が母屋(主屋)になっています。

 

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
日本にある伝統的な住居の特徴を知るとにゃ、旅行に行ったり見かけた時にまた見方が変わって興味深く感じると思うにゃ!住宅にも注目して旅を楽しんでみてにゃー

 

 

 

 

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お疲れ様でした!

 

ここまで読んで頂きありがとうございます。

 

わからないことや分かりにくい箇所があれば、ぜひお問い合わせよりご連絡ください!

 

 

次回もお楽しみに!

 

 

 

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