NEW POST

【ミッドセンチュリー・中編】エーロ・サーリネンとハリー・ベルトイアの代表作品を画像で解説

ダイヤモンドチェア

こんにちは、しけたむです。

この記事では

  • 「ミッドセンチュリーの有名なデザイナーについてもっと学びたい。」
  • 「椅子を買うならイームズ以外のチェアもいろいろ検討してみたい。」

という方々に向けて

絶対に覚えておきたいミッドセンチュリーのアメリカン・デザイナー中編を分かりやすく画像で解説します。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
ミッドセンチュリーの時代の家具デザイナーは、チャールズ&レイ・イームズ以外にも有名な人物が多いですにゃ!暗記するだけでなく、他の人物との関わりを意識して理解すると生きた知識として身につきやすいですにゃあー

 

 

ミッドセンチュリーのアメリカン・デザイナーたち

 

▼ミッドセンチュリー・前編見てないやって方はこちら!▼

チャールズ&レイ・イームズ
【ミッドセンチュリー・前編】チャールズ・イームズとは?代表的な家具と歴史を画像で解説この記事ではミッドセンチュリーのデザイナー「チャールズ・イームズ」についてわかりやすく解説しています。代表的な家具と特徴、チャールズ&レイ・イームズの歴史を画像で紹介。インテリアコーディネーターの復習や、試験勉強の参考にお役立てください。...

 

②エーロ・サーリネン

エーロ・サーリネン出典:The New York Times

 

エーロ・サーリネン(1910 – 1961)は、フィンランド出身でミッドセンチュリーを代表する家具デザイナーとして有名ですが、本業は建築家です。

彼の父親であるエリエル・サーリネンも有名な建築家で、アール・ヌーボー様式の建築をフィンランドに多く建築し、アメリカへの移住後はアール・デコの超高層ビルデザインに影響を与えました

 

▼覚えていますか?アール・ヌーボーとアール・デコ▼

サグラダファミリア
アーツ&クラフツ、アール・ヌーボーのインテリア、デザイナーを画像で解説この記事では19世紀のアーツ・アンド・クラフツやアール・ヌーボーについてわかりやすく解説しています。それぞれのインテリア運動の特徴と代表的な人物について詳しく学習しましょう。インテリアコーディネーター、建築士などの資格勉強、世界史の歴史勉強にも最適。ぜひご活用下さい。...

 

アール・デコ ニューヨーク 摩天楼
アール・デコとはどんな様式?模様の特徴から代表的な建築まで画像で解説この記事では1925年様式とも呼ばれる『アール・デコ』についてわかりやすく解説しています。アール・デコはアール・ヌーボーとの違いから、代表的な建築についても紹介しています。インテリアコーディネーターの復習や、試験勉強の参考にお役立てください。...

 

エリエル・サーリネンはチャールズ・イームズの人生を変えただけでなく、多くのミッドセンチュリーのデザイナーにも大きな影響を与えた人物としても有名です。

 

▼イームズの人生を変えたサーリネン親子はこちらの記事で▼

チャールズ&レイ・イームズ
【ミッドセンチュリー・前編】チャールズ・イームズとは?代表的な家具と歴史を画像で解説この記事ではミッドセンチュリーのデザイナー「チャールズ・イームズ」についてわかりやすく解説しています。代表的な家具と特徴、チャールズ&レイ・イームズの歴史を画像で紹介。インテリアコーディネーターの復習や、試験勉強の参考にお役立てください。...

 

建築家エリエル・サーリネンの子、エーロ・サーリネンは13歳のときに家族でアメリカ合衆国に移住すると、ミシガン州の『クランブルック美術学院』で教師をしていた父の講座に学び、在学中にチャールズ・イームズレイ・カイザー(レイ・イームズ)と知り合いました。

卒業後、27歳の時に父エリエルと共同で建築設計事務所を設立し、父と共に数々の設計を手がけます。

 

1940年、30歳の時にはチャールズ・イームズとともに、MOMA(ニューヨーク近代美術館)主催の「住宅家具のオーガニックデザイン」コンペに応募し、成型合板を使った椅子、棚、机を出品し6部門中2部門でグランプリを獲得しました。

エーロ・サーリネン MOMA 1940出典:MoMA

▲「住宅家具のオーガニックデザイン」コンペに応募した成形合板のチェア

 

1940 MoMA コンペ出典:MoMA

▲組み合わせによって何通りものパターンを作り出せるキャビネット

 

チューリップチェア

チューリップ・チェア出典:FLYMe

 

エーロ・サーリネンは建築家として生涯に多くの名建築を生み出し、アメリカを代表する建築界の巨匠ですが、彼の代表作と聞かれると家具である「チューリップチェア」と答える人が多いのではないでしょうか。

チューリップチェア1956年にエーロ・サーリネンによりデザインされた椅子の名称で、椅子の形状がチューリップの花に似ていることから名付けられました。

 

アメリカのオフィス家具を扱う企業ノル(Knoll)へ向けてデザインしたもので、「ダイニングテーブルに合うような椅子」というKnoll社からの依頼内容がそのままかたちとなったようなデザインです。

TWAフライトセンター チューリップチェア出典:Traveller

▲エーロ・サーリネンがデザインしたTWAフライトセンターのホテルに置かれたチューリップチェア

 

材質には基調となるアルミのほか、FRP(ガラス繊維強化プラスチック) がフレームに使用され、クッションには革やファブリックが使われています。

 

発売当時、チューリップチェアは曲線の美しさやFRPという新素材の使い方が時代の最先端を捉えた産業的デザインの典型と位置付けられていましたが、21世期となってもそのデザインが古くなる事はなく、まさに永遠のデザインと言えるでしょう。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
エーロ・サーリネンはシドニーの有名建築『オペラハウス』の建築設計コンペで審査委員をしてたんだにゃ。落選案の中からヨーン・ウツソンの案を強く推して、この案を最終的に優勝させたことでも知られているんだにゃあ〜

シドニー オペラハウス

▲『シドニー・オペラハウス』(1973)の審査委員だったエーロ・サーリネンがヨーン・ウツソンのアイディアを気に入り、最終選考に復活させ強く支持したとされる。

 

③ハリー・ベルトイア

ハリー・ベルトイア出典:BelーOeil

 

ハリー・ベルトイア(1915–1978)は、イタリア生まれのアメリカ人デザイナーで彫刻家でもあります。

 

ベルトイアは15歳の時に兄と共にアメリカのデトロイトに引っ越し、キャス工業高校でアートとデザインについて学び、デトロイト芸術工芸学校でジュエリー作りのスキルを学びました。

22歳になったベルトイアは『クランブルック美術学院』で学ぶための奨学金を受け取り、そこでチャールズ・イームズ、レイ・カイザー、フローレンス・ノルらに初めて出会うことになります。

 

その後、クランブルック美術学院で自ら彫金のクラスを設け、そこでジュエリーデザインと金属加工について教えました。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
ちなみにチャールズ&レイ・イームズの結婚指輪はベルトイアによってデザインされたんだにゃ、彼らはこの時とっても仲良しだったんにゃけどにゃあ・・・

 

ベルトイアが26歳の頃、同僚であったチャールズ&レイ・イームズ夫妻が結婚し、美術学院を退職。拠点をロサンゼルスに移し『レッグ・スプリント』の生産に取り掛かりました。

 

▼成形合板を使用したレッグ・スプリントはこちらでご紹介▼

チャールズ&レイ・イームズ
【ミッドセンチュリー・前編】チャールズ・イームズとは?代表的な家具と歴史を画像で解説この記事ではミッドセンチュリーのデザイナー「チャールズ・イームズ」についてわかりやすく解説しています。代表的な家具と特徴、チャールズ&レイ・イームズの歴史を画像で紹介。インテリアコーディネーターの復習や、試験勉強の参考にお役立てください。...

 

しばらくすると、レッグ・スプリントが大成功して大忙しだったイームズ夫妻から「一緒に仕事をしないか」と誘いを受けました。ベルトイアはこの誘いを快く引き受け、クランブルック美術学院を退職しロサンゼルスへ向かいます。

 

ここでベルトイアはイームズオフィスのメンバーとして彼らの会社であるエヴァンス社に入社し、成形合板部門として開発に携わり、イームズチェアの開発に大きく貢献する事になります。

イームズ ベルトイア出典:Harry Bertoia Foundation

▲イームズ夫妻が経営していたエヴァンス社では、戦争で使用される航空機の部品の製作も行っていた。翼の部品の前のベルトイア(左から4番目)とイームズオフィスメンバー(1945年頃)

 

しかしベルトイアは成形合板を家具使用することに少なからず不満を抱えていたとも言われており、チャールズ&レイ・イームズにこのように語りました。

「自然の木を強制的にねじ曲げて成形すること自体、不自然であり無益なことだ。」 

彼はジュエリーアーティストであり、彫刻家。

彼なりの理念や美学があったわけです。

 

また、チャールズ&レイ・イームズが1945年より多くの家具を世に発表するのですが、共に開発に携わったベルトイアのクレジット(名前)をどこにも掲載されませんでした。

こんなことがあってからの翌年(1946年)、ベルトイアはチャールズ&レイ・イームズらと決裂し、エヴァンス社から去ります・・・。

 

 

1950年、ベルトイアはクランブルック美術学院で共に学んだフローレンス・ノルとともに仕事をするために、アメリカ北東部のペンシルバニア州へ移り住みました。

フローレンス・ノルは、チャールズ&レイ・イームズらの家具を製造しているハーマン・ミラー社のライバルでもあるKnoll(ノル)のデザイナーであり、後の社長となる人物だったのです。

フローレンス・ノル出典:The Architect’s Newspaper

▲クランブルック美術学院で学んだフローレンス・ノルは、アメリカの建築家、家具デザイナーで起業家。オフィスデザインに革命をもたらし、オフィスインテリアにモダニズムデザインをもたらした。

 

フローレンス・ノルはクランブルック美術学院時代にベルトイアの作品を見て彼の才能に惚れ込んでいて、イームズの会社を去ったと聞いて、すぐにオファーを出しました。

 

ノルはベルトイアのセンスとデザインを完全に信頼していたので

「ここ(Knoll)ではベルトイアが何でも自由にデザインしていいわよ。おもしろいことがあったら報告だけすればいいから。」

と、なんでも許可して働きやすい場所を提供しました。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
お気づきかも知れませんが、このクランブルック美術学院からは世界を変えた偉大な巨匠がたくさん輩出されたんだにゃ!だからクランブルック美術学院は『アメリカのバウハウス』とも呼ばれているんだにゃあ〜

 

▼バウハウス?ならこちらの記事からどうぞ!▼

バウハウス BAUHAUS
バウハウスとは何か。建築家の代表作や家具デザインの特徴を画像で解説この記事ではバウハウスについてわかりやすく解説しています。ヴァルター・グロピウス、ミース・ファン・デル・ローエ、マルセル・ブロイヤーなど巨匠が多く登場する記事です。インテリアコーディネーターの復習や、試験勉強の参考にお役立てください。...

 

ダイヤモンドチェア

ダイヤモンドチェア出典:名作家具とデザインの話

 

そんな中、1952年にベルトイアチェアコレクションのひとつであり、傑作として名を残すダイヤモンドチェアをKnollから発表しました。

 

ベルトイアはスチールワイヤーで作られたこのチェアを

「これは空気でできたチェアなんだ。だから全ての空間はこの椅子をすり抜けちまう。」

と語り、金属彫刻家のベルトイアらしい作品となりました。

ダイヤモンドチェア ハイバック出典:Knoll

▲ダイヤモンドチェアにはハイバックタイプとオットマンもデザインされた。このハイバックタイプは見た目が鳥のように見えることから「バードチェア」とも呼ばれた。クッションは着脱可能。

 

ハリー・ベルトイアによる一連のワイヤーチェアは1952年にKnollのニューヨークにあるショールームに展示され、デザインに優れたチェアは発売時から人気が高く、上々な滑り出しとなりましたが、ここで大きな問題が発生しました。

 

なんと、チャールズ&レイ・イームズが1951年に発表したチェア『ワイヤーチェア(DKR)』にそのデザインが酷似しており、特許を侵害しているとハーマンミラー社から訴えられてしまったのです。

DKR イームズ ワイヤーチェア出典:VNTG

▲ハーマンミラー社から販売されていた『ワイヤーチェア(DKR)』

 

それもそのはず、ワイヤーチェアはベルトイアがイームズオフィス在籍時の功績により開発され、製品化に至ったものだったのです。

 

ハリー・ベルトイア「おいおい・・・ちょっと待ってくれよ!!」

 

皮肉な運命ですが、Knollとハーマンミラーは裁判で徹底的に争いましたが、Knoll側が敗訴「ハーマンミラーがKnollにワイヤーチェアを作るライセンスを与える」という結果となりました。

 

このようにして、ハリー・ベルトイアによるダイヤモンドチェアはミッドセンチュリーモダンデザインを代表する傑作チェアのひとつとして、現在もKnollで作り続けられています。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
裁判後、ベルトイアは2度と家具製作は行わなかったんだにゃ・・・。でもエーロ・サーリネンに依頼されて金属彫刻を作ったり、金属アーティストとして充実した余生を過ごしたそうですにゃあ〜

 

ナンタルカのまとめ

ナンタルカのまとめ

 

ナンタルカ
ナンタルカ
今回の記事で絶対におさえておきたいポイントですにゃ!

 

まとめ小テスト

■エーロ・サーリネン 

エーロ・サーリネンはフィンランド出身の建築家で、チャールズ・イームズとともにミッドセンチュリーのデザイナーとして活躍した。代表的な家具には(①)社のためにデザインした(②)が有名で、材質にはアルミのほかFRPが使用され、クッションには革やファブリックが用いられた。

回答を見る
①Knoll ②チューリップチェア

 

■ハリー・ベルトイア

ハリー・ベルトイアはイタリア生まれのアメリカ人デザイナー・彫刻家で、一度はチャールズ・イームズとともに働くが決別し、ハーマン・ミラー社のライバルでもあるKnoll社のデザイナー(①)のもとでデザインを行った。代表作にはスチールワイヤーで作られた(②)があるが、権利の問題でハーマン・ミラー社から訴えられた。

回答を見る
①フローレンス・ノル ②ダイヤモンドチェア

 

お疲れ様でした。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

分かりにくい点やお気づきのことがあれば、メールでご連絡頂けましたら幸いです。

 

では、次回もお楽しみに。

 

▼次回、ミッドセンチュリー・後編はこちらから!▼

ガラスの家
【ミッドセンチュリー・後編】ジョージ・ナカシマ、イサム・ノグチ、フィリップ・ジョンソンを画像で解説この記事では絶対に覚えておきたいミッドセンチュリーのデザイナーについてわかりやすく解説しています。今回はジョージ・ナカシマ、イサム・ノグチ、フィリップ・ジョンソンについての記事です。インテリアコーディネーターの復習や、試験勉強の参考にお役立てください。...