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【20世紀の動き(5)−2】2人のポールとボーエ・モーエンセンとは?外せないデンマークの北欧デザイナー五傑・後編【世界のインテリアの歴史⑳】

ポール・ケアホルム PK 22

 

 

こんにちは、しけたむです。

 

 

この記事では

 

 

  • 「デンマークのデザイナーってすごい!」
  • 「北欧の照明デザイナーについても理解しておきたい。」

 

 

とお考えの皆様に向けて

 

 

まだまだ知っておきたい、有名なデーニッシュモダンのデザイナーのポール・ヘニングセンとポール・ケアホルム、ボーエ・モーエンセンについて分かりやすく画像つきでご紹介していきます。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
北欧のデザイナーシリーズの後編ですにゃ!今回は覚えるときにややこしいポール・ヘニングセンポール・ケアホルム、そしてボーエ・モーエンセンを紹介しますにゃあ〜

 

 

 

 

 

 

ポール・ヘニングセンとは?

ポール・ヘニングセン出典:Nostraforma

 

ポール・ヘニングセン(1894年 – 1967年)はデンマークの建築家、照明デザイナーで作家としても活躍しました。

 

 

 

 

グレアのない(眩しさの少ない)照明のPHランプシリーズを開発したことで有名で、ヘニングセンが生涯にわたる協力関係を築く会社であるデンマークの照明メーカールイス・ポールセンによって製造されています。

ポール・ヘニングセン PHシリーズ出典:Lightopia

▲PHシリーズは『PH5』(写真左)が有名だが、サイズ、デザイン、バリエーションはさまざま。ペンダント、フロア、テーブル、ウォール、そして屋外で使用できる照明もある。

 

 

ポール・ヘニングセンは1894年、デンマークで著名な作家である親の末っ子として生まれ、4人の兄弟姉妹たちと共に子供時代を過ごしました。

 

 

 

 

1911年からコペンハーゲン技術学校デンマーク工科大学で建築家を目指して学びました。

ポール・ヘニングセン デンマーク 幼少期出典:Wikimedia Commons

▲ポール・ヘニングセン(写真左)と母親アグネス・ヘニングセンと兄たち

 

 

1919年、ヘニングセンは25歳の時にコペンハーゲンで最初の妻と結婚しました。

 

 

 

同年、ヘニングセンはアルネ・ヤコブセンやフィン・ユールにも教えた偉大な建築家カイ・フィスカーと契約し、1920年から照明デザイナーとしてフリーランスになります。

 

 

 

 

 

1920年から1921年はヘニングセンにとって研究・模索の時期で、プロトタイプのランタン風の照明を開発しますがグレア(まぶしさ)が強く、またグレアを弱くしようとするとデザイン性が悪くなるという悩ましい問題に直面していました。

ポールヘニングセン PH ランプ出典:StirWorld

▲ヘニングセンが1920年に設計したスロットショルムランプは細い支柱に大きな天板のシェードが付いている。グレアが強く7台しか製作されなかったが、グレアの改善がヘニングセンの課題となった。

 

 

 

1925年、ヘニングセンはパリ万国博覧会で『パリランプ』を発表し、この作品で金メダルを獲得しました。ランプは真鍮製の6枚のシェードで構成されていて、今日のPHランプシリーズの元祖とも言えるようなデザインでした。

Paris lamp パリスランプ出典:INDESIGNLIVE.HK

▲1925年のパリ万国博覧会でグランプリを受賞した『The paris lamp』

 

 

パリの展示会の後、ポール・ヘニングセンはルイス・ポールセン社と共にコペンハーゲンに新しく建設されたフォーラムの建物に照明を提供する契約を獲得しました。このフォーラムには国際自動車展示会が開催される予定だった為、ヘニングセンは車を照らす最良の照明を研究します。

 

 

 

 

 

そして完成したランプには3枚のシェードがあり、シェードの直径の比率は4:2:1の比率となるように、また上部のシェードは光の50%を反射し、中間のシェードと下部のシェードはそれぞれ25%を反射することができるようにと綿密な計算のもとで設計され、現代での3シェードシステムの基礎が出来上がりました

フォーラム ポール・ヘニングセン 照明出典:Wikimedia Commons

▲フォーラムで吊るされているヘニングセンの照明。この3シェードシステムで特許を出願した。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
ヘニングセンのランプは商業的に大成功して、お金の心配をする必要が無くなったヘニングセンは文学作品の執筆に集中することになるんですにゃあ〜

 

 

こうして電球からの光線の反射を注意深く計算・分析したヘニングセンは、PHランプシリーズというグレアの無い均一な照明を実現しました。

 

 

 

ヘニングセンの最も有名なモデルはPH5PHアーティチョークなどがあります。

 

 

 

 

PH5

PH5出典:CASA BRUTUS

 

言わずと知れた、北欧デザインの照明として最も有名なPH5は1958年にポール・ヘニングセンによってデザインされました。

 

 

 

 

先述のようにPHランプシリーズの起源となるランプが1925年のパリ万国博覧会で展示され、その後改良しながらペンダントランプが次々と生まれて、ついに1958年にこのPH5が完成します。

 

 

 

 

 

 

3枚シェードのPHシリーズには「PH2/1」、「PH3/2」、「PH3 1/2-3」といった暗号のような品番が付けられています。この数字はデザインされた順番ではなく、ヘニングセンがグレアを少なくする為に導き出したシェードサイズの組み合わせを表しています。

 

 

 

 

例えばPH5の「5」直径の大きさを表していて、この場合は直径50cmとなります。

PH5には「/(ハイフン)」が付いていませんが、多くのモデルには付けられていて、以下のような意味となります。

 

 

 

「PH5/5」「最大直径50cmのシェードサイズに、中間と下部のシェードがそれぞれ50cmの2/3、1/3サイズとなっている」ということを表しています。

 

 

これが「PH4/3」ならば、「最大直径40cmのシェードサイズに、中間と下部のシェードがそれぞれ30cmの2/3、1/3サイズとなっている」ということです。

 

PH 仕組み ヘニングセン出典:Wikimedia Commons

▲『PH5 mini』など上記の理論に当てはまらない例外のモデルもあるので、数字が大きいとシェードも大きいというぐらいの認識でOK!

 

ナンタルカ
ナンタルカ
「自然光のような暖かさ」、「黄昏の日差し」、「陽だまりの心地よさ」とか色んな表現で例えられているPHシリーズですにゃ。でもこのやわらかーい癒されるような光は、ぜひ実物で体感して頂きたいですにゃあ〜

 

 

PH アーティチョーク

PH アーティチョーク出典:Lightology

 

PH アーティチョークは1958年にポール・ヘニングセンがコペンハーゲンにあるレストラン『ランゲリニエ・パヴィリオン』のために設計した照明です。

 

 

 

 

今日でもレストランを象徴するデザインアイコンとして、ランゲリニエ・パヴィリオンの空間全体を飾っています。

ランゲリニエ パヴィリオン PH アーティチョーク出典:RENTSPACE

▲ランゲリニエ・パヴィリオンは1958年にリトル・マーメイドで知られるコペンハーゲン港に建てられたレストラン。

 

 

どの角度から見ても完全にグレア・フリーの光を作りだす独特のフォルムを持つPHアーティチョークは、正確に配置された72枚の羽がアーティチョークの名前を象徴しています。

アーティチョーク

▲アーティチョークとは地中海地方原産の多年草のこと。若いつぼみは食材として利用される。

 

 

PH アーティチョークは現在でもルイス・ポールセン社にて製造プロセスの大部分が手作業で行われていて、名作としての高い品質を生みだしています。

 

 

 

 

PH5の素材には当初が使用されていましたが、その後ステンレスのヘアライン仕上げとポリッシュ仕上げ、そして光沢あるホワイト塗装のタイプが加わり、2020年にはブラックが仲間入りしました。

PH アンティチョーク ブラック出典:Louis Poulsen

▲完全なマットブラック仕上げのブラック・ヴァージョンはルイス・ポールセンで予約注文が可能

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
まだまだ紹介しきれませんが、ポール・ヘニングセンのデザインした素敵な照明はたくさんありますにゃ。気になるあなたはこちらのルイス・ポールセンのサイトから確認してみるにゃあ〜

 

 

ボーエ・モーエンセンとは?

ボーエ・モーエンセン出典:fyens.dk

 

ボーエ・モーエンセン(1914年 – 1972年)はデンマークの家具デザイナーで、「ハンス・J・ウェグナー」「アルネ・ヤコブセン」「フィン・ユール」と共にデンマークにおける北欧家具の4大巨匠に数えられる近代家具デザインにおける代表的な人物です。

 

 

 

 

モーエンセンはデンマークのオールボーで1914年に生まれ、20歳の時に家具マイスターの資格をゲットし、家具職人としてのキャリアをスタートさせます。

 

 

 

 

モーエンセンの親友で、共に切磋琢磨しあうハンス・J・ウェグナーとは、この1930年代にコペンハーゲンで出会いました。

ハンス・J・ウェグナー ボーエ・モーエンセン出典:DANSK

▲クールな表情のハンス・J・ウェグナー(左)と楽しそうなボーエ・モーエンセン(中央)

 

 

▼ハンス・J・ウェグナーって何なん?ってなったらこちら▼

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それと並行して1936年から1938年にかけてコペンハーゲン芸術工芸学校家具科、1938年から1941年かけてデンマーク王立芸術アカデミー家具科に在籍し、ここでは「デンマークの近代家具デザインの父」とも呼ばれるコーレ・クリントに師事します。

 

▼コーレ・クリントって何なん?となったらこちらから▼

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さらに在学中にはデンマークの書棚の基礎を築いたモーエンス・コッホの建築設計事務所にも勤め、ハングリーに建築と家具デザインの経験を積みました。

 

 

 

 

 

そんな中、FDB(デンマーク生活協同組合連合会)と呼ばれるグループが、第二次世界大戦後の荒廃したデンマーク国民の生活を立て直すべく復興プロジェクトを立ち上げ、最重要課題である生活必需品を生産する為、家具メーカーFDB Mobler (モブラー)を設立しました。

FDBMobler モブラー出典:TABROOM

▲FDBMøbler (モブラー)は1942年に設立されたデンマークの家具メーカー。ボーエ・モーエンセンがマネージャーを務め、彼のデザインの多くは同社によって現在も販売されている。

 

 

この時モーエンセンが師事していたコーア・クリントは、自身が監修に関わるこのFDB Moblerのデザイン責任者として愛弟子であるモーエンセンを任命します。

 

 

 

 

 

こうして1942年から1950年の間、モーエンセンはFDB (デンマーク生活協同組合連合会)の復興プロジェクトの家具部門にデザインマネージャーとして勤務することになりました。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
このFDBモブラーではハンス・J・ウェグナーも関わって、モーエンセンと一緒にデザインとかをしたんですにゃあ

 

 

1945年には友人のハンス・J・ウェグナーと共作でスポーツバックソファを、

1947年にはシェーカー様式の椅子をアレンジしたシェーカーチェア(J39)を発表します。

 

 

 

 

1950年、36歳になったモーエンセンはいよいよ独立し、1955年にはデンマークの家具メーカーフレデリシアとのコラボレーションを行い、1959年スパニッシュチェアを発表するなど精力的に活動しました。

モーエンセン フレデリシア出典:DANSK

▲1955年に30歳のアンドレアス・グラバーセン(左)が当時のフレデリシア社を買収し、ボーエ・モーエンセン(右)と共に会社の立て直しに尽力した。

 

 

モーエンセンの座右の銘である「より美しく、より安く、より堅牢な家具」に忠実に、数多くの名作を1972年に逝去するまでの間にデザインし続けました。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
フレデリシアは1911年にデンマークで創業した家具メーカーにゃ。赤字だった経営を立て直したのが当時の新社長のアンドレアス・グラバーセンで、モーエンセンを迎え入れて高品質な家具製造に力を入れたんですにゃあ〜

 

 

スポークバックソファ

スポークバックソファ 出典:LekkerHome

 

スポークバックソファは1945年に開催されたコペンハーゲン家具職人ギルド展の為に、ボーエ・モーエンセンとハンス・J・ウェグナーが目玉として設計し、発表したチェアです。

 

 

 

 

レザーのストラップをソファに掛ける位置によって、サイドが6段階に稼働するというリクライニング機能とシンプルで軽量なソファのビジョンはその革新性で高く評価されましたが、1963年まで生産されませんでした。

スポークバックソファ 後ろから出典:scandinaviandesign.com

▲2020年にはスポークバックソファ発表から75周年記念のモデルが発売された。記念モデルは当時のオリジナルのチェック柄ファブリック『Cotil』がリネン生地で再現されている。

 

 

もともとはバッククッションなしで展示されていましたが、現在ではさまざまなファブリックとレザーのオプションが用意されており、フレデリシアから販売されています。

 

 

 

シェーカーチェア(J39)

シェーカーチェア J-39出典:HAARBY

 

シェーカーチェア(J39)は1947年にボーエ・モーエンセンが発表したチェアで、別名『ピープルズチェア(みんなの椅子)』と呼ばれるほどデンマークでベストセラーとなりました。

 

 

 

発表されて以来一度も生産を中止することなく現在まで作り続けられているモーエンセンの代表作といえる椅子です。

 

 

 

 

J39はモーエンセンがFDB(デンマーク生活協同組合連合会)の家具デザイナーとして活躍していた頃に一般庶民のための椅子デザインを依頼され、良質かつリーズナブル、そしてシンプルで主張しすぎないフォルムというコンセプトのもと、約5年もの時間を費やし誕生しました。

J39 シェーカーチェア出典:HLD

▲当時流行していた輸入素材は使用せず国内のビーチ材やオーク材を使用し、直線的な木材を使用することで加工の手間を省きコストカットを行った。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
愛称の『シェーカーチェア』については既にお気づきの方も多いと思いますが、18~19世紀頃のアメリカでシェーカー教徒たちが作って使用していたシェーカーチェアの名称から付けられていますにゃあ

 

▼シェーカー教徒ってそもそも何なん?て方はこちら▼

フェデラル様式 住宅
【アメリカ初期の様式】コロニアル様式とフェデラル様式の違いを押さえよう【世界のインテリアの歴史⑨】この記事ではアメリカ初期のインテリア様式についてわかりやすく解説しています。 コロニアル様式(植民地様式)、フェデラル様式(連邦様式)の特徴と家具について。 そして宗教建築から派生したシェーカー様式とミッション様式について学習しましょう。インテリアコーディネーター、建築士などの資格勉強、世界史の歴史勉強にも最適。ぜひご活用下さい。...

 

 

 

スパニッシュチェア

スパニッシュ チェア出典:MIDCENTURY MOBLER

 

スパニッシュチェアは1959年にフレデリシアから発表されたチェアで、モーエンセンがスペインのアンダルシア地方を旅行中に見かけたその地方伝統の貴族階級の椅子からインスピレーションを受け、自邸用にデザインされました。

 

 

 

 

木目の美しいオーク材に背もたれとシートの2枚のサドルレザーを留める真鍮のバックル、そして厚みのあるコニャック色のレザーは、年月を重ねて使い込むことでさらに美しくなります。

フレデリシア スパニッシュチェア出典:Fredericia

 

シンプルな構造のラウンジチェアは、平均的な椅子のシートハイが45cm程度であるのに比べ、33cmと低めの設定となっていて、背中に体重を預けて最高のリラックス感覚が味わえます。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
ちょっとしたサイドテーブルの代わりにもなる、とっても幅の広いアームレストも特徴ですにゃ。ウィスキー好きだったモーエンセンは、このアームレストにウィスキーのグラスを置いて楽しんでいたそうなんにゃ

 

 

ポール・ケアホルムとは?

出典:CONTEXT GALLERY

 

 

ポール・ケアホルム(1929年- 1980年)はデンマークの家具デザイナーで、インターナショナルスタイル(個人や地域性の垣根を超えた世界共通の様式)の影響を受けた、ステンレスなどの金属を使用したシャープで直線的な作品で知られています。

 

 

 

 

1926年、デンマークのオスターヴゥローに1男第3子として生まれたケアホルムは7歳の時に家族と共にヤーイングに移住し、当初は画家を目指していましたが、祖父の勧めにより同じヤーイングに住む家具職人グロンベックの下に弟子入りします。

 

 

 

 

やがて並行してヨーリン技術学校に入学したケアホルムはこの学校で14歳まで幾何学と製図を習い、18歳で早くも家具職人(マイスター)の資格を認められます

 

 

 

 

22歳で地元での家具職人の修行を終えたケアホルムはコペンハーゲンに移り、コペンハーゲン美術工芸学校でハンス・J・ウェグナーに家具デザインを学びました。

1951年から1952年にかけて、コペンハーゲン美術工芸学校での卒業制作としてケアホルムはPK25をデザインします。PK25は「エレメントチェア」とも呼ばれ、スチールと帆船用のロープだけで構成されたこのチェアからは、ケアホルムの工業素材に対するこだわりが感じられます。

現在もフリッツ・ハンセンにて販売されています。

PK25 ポール・ケアホルム出典:Fritz Hansen

『PK25』に使用されているスチールには溶接などによる継ぎ目が無い

 

 

 

▼「もうウェグナーよく知ってるよ」と言われそうですが▼

サークルチェア PPMObler ウェグナー
【20世紀の動き(4)−1】北欧デザインの特徴とハンス・ウェグナーの家具について解説します【世界のインテリアの歴史⑰】この記事では北欧デザイン、スカンジナビアンデザインについてわかりやすく解説しています。代表的な家具デザイナーハンス・J・ウェグナーの人物像や代表的なプロダクトについて画像でわかりやすく解説しています。インテリアコーディネーターの復習や、試験勉強の参考にお役立てください。...

 

 

 

 

 

卒業後は1952年にフリッツ・ハンセン社に入社し、1953年までという僅かな期間だけ勤務し、時期は被りますが1952年から1956年にかけて、母校であるコペンハーゲン美術工芸学校夜間コースの講師も務めます。

 

フリッツ・ハンセン社で勤務していたケアホルムは、2枚の成型合板からなるラウンジチェアの試作品を製作していたのですが、同時期にデザインされたアルネ・ヤコブセンの『アントチェア 』を優先して開発することが決まったため、ケアホルムのラウンジチェアは製品化されることなく、意見の相違からケアホルムはフリッツ・ハンセン社を去ることになったのでした。

 

 

フリッツ・ハンセン PK0出典:keizo

▲ポール・ケアホルムがフリッツ・ハンセン社で製作したラウンジチェア『PK0』のスケッチ。ケアホルムは製品化されなかった理由に付いて「この個性的な形のせいでしょうね。極端な形ですから。」とのちに語っている。

ポール・ケアホルム PK0出典:Fritz Hansen

▲1996年、フリッツ・ハンセン社は創業125周年を記念して、ケアホルムの幻の作品『PK0』をシリアルナンバー入りの600脚のみ製品化した

 

 

 

1953年、27歳のケアホルムは同郷の幼馴染みである建築家ハンナ・ダムと結婚し、1955年からコペンハーゲン王立美術アカデミーで教鞭を執りました。

 

 

 

 

同年の1955年、ハンス・J・ウェグナーの事務所に勤務していた時に知り合いになった家具メーカー『アイヴィン・コル・クリステンセン社』の創業者アイヴィン・コル・クリステンセンと家具の製造・販売においてコラボレーションをはじめ、傑作となるPK22を発表します。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
ケアホルムとクリステンセンのコラボレーションは生涯にわたって続き、両家はいまも親しい間柄にあるんですにゃ。ちなみに1955年からケアホルムが亡くなる1980年までのケアホルムの家具はアイバン・コル・クリステンセン工房で制作されていて、1982年からフリッツ・ハンセン社が製造を引き継いだんですにゃあ〜

 

 

 

 

1956年、クリステンセンの紹介でデンマークのラングステッドに自宅建設のための土地を取得したケアホルムは、自邸のための家具デザインを行い『PK38』、『PK54』、『PK9』、『PK1』など10種類の家具を製作、妻のハンナは建築家として自宅の設計を行いました

ポール・ケアホルム ハンナ ラングステッド 建築出典:ArtDepartment

ポール・ケアホルム ハンナ 自宅 建築 エントランス PK0出典:arkfo.dk

ポール・ケアホルム ハンナ ラングステッド 自宅 自邸 建築出典:mid2mod

▲妻のハンナが設計したポール・ケアホルム邸には名作と呼ばれる作品がずらり

 

 

 

1960年、ケアホルムは美術展覧会『ミラノ・トリエンナーレ』でデンマークパビリオンの展示デザインを担当し、1976年からはかつての母校に戻り、コペンハーゲン王立美術アカデミーの学長に就任しました。

ポール・ケアホルム 家具 チェア製作出典:Bel Oeil

▲ポール・ケアホルムは生涯家具デザイナーとしての活動を続け、若手の育成にも力を入れた

 

 

デンマークだけでなく世界に影響を与え続けたケアホルムは1980年、51歳という若さで肺がんにより亡くなりました。

 

 

 

 

若くしてこの世を去ったケアホルムを悼み、アイヴィン・コル・クリステンセンは事業を打ち切ることを決め、その翌年にケアホルムの才能を最初に認めた会社であるフリッツ・ハンセン社に、家具の製造権を譲りました

あいヴァン・コル・クリステンセン 刻印出典:MODERNIFY

▲1980年以前のポール・ケアホルムの家具には上の写真のような『クリステンセンの刻印』があり、アンティークを証明するものとして高値で取引されている

 

 

 

PK22

PK22 ポール・ケアホルム出典:2DESIGNLOVER

 

PK22はポール・ケアホルムが1956年にアイヴィン・コル・クリステンセンから発表した最も有名な作品です。

 

 

 

 

ラウンジチェアのフレームにスチールを使用するスタイルはコペンハーゲン美術工芸学校での卒業制作『PK25』から見られましたが、PK25のフレームが全て継ぎ目なく一体化しているのに対して、PK22はデザインの改良と生産性のために構造部分がいくつかのパーツに分けられているのが特徴です。

PK22 Detail ポール・ケアホルム出典:DANKE

▲いくつかのパーツに分解できるということは輸送する上でもコストを抑えられる

 

 

PK22は大きな反響を得て、1957年の美術展覧会『ミラノ・トリエンナーレ』でグランプリを獲得しました。

 

 

 

 

ラウンジチェアのフレームはサテン仕上げのステンレススチール、シート部分の素材はの他にもレザー、スエード、キャンバス生地から選ぶことができます。

ポール・ケアホルム PK 22出典:Fritzhansen

▲PK22はミース・ファン・デル・ローエの傑作『バルセロナチェア』から強い影響を受けていた

 

 

▼バルセロナチェアと比べてみたくなった方はこちらから▼

デ・ステイル
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PK24

PK24 ポール・ケアホルム ハンモックチェア出典:Bukowskis

 

PK24はポール・ケアホルムが1965年にアイヴィン・コル・クリステンセンから発表したラウンジチェア・シェーズロングです。

 

 

 

現在はフリッツ・ハンセン社から販売されていて、PK24をラウンジチェアと呼んでいますが、機能的にはシェーズロングとして使うのが一般的かと思います。

 

 

 

 

PK24は、PK22と並んでポール・ケアホルムの最も代表的な作品で、ロココ時代やフランス式の長椅子からインスピレーションを得て、有機的で流れるようなフォルムをスチールを用いて実現しました。

PK24 シェーズロング出典:Bukowskis

▲スチールフレームに手作業で藤を編み込んだシートとヘッドレストはレザーになっているのがオリジナルの仕様だが、シートはレザーも選択ができる。

 

 

 

また、ル・コルビュジェのLC4(シェーズロング)のデザインにも影響を受けていて、LC4と同じようにシートは可動して角度を変えることができるようになっています。

 

▼ル・コルビュジェのLC4ってどんなだっけ?ならこちら▼

サヴォア邸
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まるでシートが浮いているように見えることから「ハンモックチェア」とも呼ばれています。

PK24 詳細 ディティール出典:scandinaviancollectors.com

▲ヘッドレストはぶら下がっているスチールバーの重みによって高さを調節できる

 

 

 

 

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お疲れ様でした!

 

 

ここまで読んで頂きありがとうございます。

 

 

分かりにくい点やお気づきのことがあれば、メールでご連絡頂けましたら幸いです。

 

 

では、次回もお楽しみに。

 

 

 

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