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ポール・ヘニングセン、ボーエ・モーエンセン、ポール・ケアホルムの家具や照明を画像で解説

ポール・ケアホルム PK 22

 

こんにちは、しけたむです。

この記事では

  • 「デンマークのデザイナーって名前が似てて覚えにくい。」
  • 「北欧の有名な照明デザイナーについて知りたい。」

とお考えの皆様に向けて、

有名なデーニッシュモダンのデザイナーのポール・ヘニングセンとポール・ケアホルム、ボーエ・モーエンセンについて分かりやすく画像で解説します。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
北欧のデザイナーシリーズの後編ですにゃ!今回は覚えるときにややこしいポール・ヘニングセンポール・ケアホルム、そしてボーエ・モーエンセンを紹介しますにゃあ〜

 

 

Poul Henningsen(ポール・ヘニングセン)とは?

ポール・ヘニングセン出典:Nostraforma

 

ポール・ヘニングセン(1894年 – 1967年)はデンマークの建築家、照明デザイナーで作家としても活躍しました。

 

グレアのない(まぶしさの少ない)照明のPHランプシリーズを開発したことで有名で、ヘニングセンが生涯にわたる協力関係を築く会社であるデンマークの照明メーカールイス・ポールセンによって製造されています。

ポール・ヘニングセン PHシリーズ出典:Lightopia

▲PHシリーズは『PH5』(写真左)が有名だが、サイズ、デザイン、バリエーションはさまざま。ペンダント、フロア、テーブル、ウォール、そして屋外で使用できる照明もある。

 

1894年、デンマークで著名な作家である親の末っ子として生まれたポール・ヘニングセンは、4人の兄弟姉妹たちと共に子供時代を過ごし、コペンハーゲン技術学校デンマーク工科大学で建築家を目指して学びました。

ポール・ヘニングセン デンマーク 幼少期出典:Wikimedia Commons

▲ポール・ヘニングセン(写真左)と母親アグネス・ヘニングセンと兄たち

 

1919年、ヘニングセンは25歳の時にコペンハーゲンで最初の妻と結婚。

同年、アルネ・ヤコブセンやフィン・ユールにも教えた偉大な建築家カイ・フィスカーと業務委託契約し、1920年から照明デザイナーとしてフリーランスになります。

 

そんなヘニングセンにとって、1920年から1921年は研究・模索の時期で、プロトタイプのランタン風の照明を開発しますが、グレア(まぶしさ)が強く、またグレアを弱くしようとするとデザイン性が悪くなるという悩ましい問題に直面していました。

ポールヘニングセン PH ランプ出典:StirWorld

▲ヘニングセンが1920年に設計した『スロットショルムランプ』は細い支柱に大きな天板のシェードが付いている。グレアが強く7台しか製作されず、グレアの改善がヘニングセンの課題となった。

 

1925年、ヘニングセンはパリ万国博覧会で『The Paris Lamp(パリランプ)』を発表し、この作品で金メダル(グランプリ)を獲得しました。ランプは真鍮製の6枚のシェードで構成されていて、「今日のPHランプシリーズの元祖」とも言えるようなデザインでした。

Paris lamp パリスランプ出典:INDESIGNLIVE.HK

▲1925年のパリ万国博覧会でグランプリを受賞した『The Paris Lamp(パリランプ)』

 

パリの展示会の後、ポール・ヘニングセンはデンマークの照明メーカー『ルイス・ポールセン』社と共にコペンハーゲンに新しく建設されたフォーラムの建物に照明を提供する契約を獲得しました。

このフォーラムには国際自動車展示会が開催される予定だった為、ヘニングセンは車を照らす最良の照明を研究します。

 

そして完成した新しいランプには3枚のシェードがあり、シェードはそれぞれ「4:2:1」という大きさの比率となるように計算された全く新しいデザインでした。

上部のシェードで光の50%を反射し、中間のシェードと下部のシェードはそれぞれ25%の光を反射することができるようにと綿密な計算のもとで設計され、現代の「3シェードシステム」の基礎が出来上がったのです。

フォーラム ポール・ヘニングセン 照明出典:Wikimedia Commons

▲フォーラムで吊るされているヘニングセンの照明。この「3シェードシステム」で特許を出願した。

 

こうして電球からの光線の反射を注意深く計算・分析したヘニングセンは、PHランプシリーズというグレアの無い均一な照明を実現しました。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
ヘニングセンのランプは商業的に大成功!お金の心配をする必要が無くなったヘニングセンはプロダクトデザインとは全然関係の無い文学の世界に入って映画の原稿を書いたり、執筆活動に集中することになるんですにゃあ〜

 

ヘニングセンの最も有名なモデルにはPH5PHアーティチョークなどがあります。

 

PH5

PH5出典:CASA BRUTUS

 

言わずと知れた、北欧デザインの照明として最も有名なPH5は1958年にポール・ヘニングセンによってデザインされました。

先述のようにPHランプシリーズの起源となるランプ(パリランプ)が1925年のパリ万国博覧会で展示され、その後改良しながらペンダントランプが次々と生まれて、ついに1958年にこのPH5が完成します。

 

3枚シェードのPHシリーズには『PH2/1』、『PH3/2』、『PH3 1/2-3』といった暗号のような品番が付けられています。

この数字はデザインされた順番ではなく、ヘニングセンがグレアを少なくする為に導き出した「シェードサイズの組み合わせ」を表しています。

 

例えばPH5の「5」直径の大きさを表していて、この場合は「直径50cm」となります。

PH5には「/(ハイフン)」が付いていませんが、多くのモデルには付けられていて、以下のような意味となります。

 

■「PH5/5「最大直径50cmのシェードサイズに、中間と下部のシェードがそれぞれ50cmの2/3、1/3サイズとなっている」ということを表しています。

■これがPH4/3ならば、「最大直径40cmのシェードサイズに、中間と下部のシェードがそれぞれ30cmの2/3、1/3サイズとなっている」ということです。

PH 仕組み ヘニングセン出典:Wikimedia Commons

▲『PH5 mini』など上記の理論に当てはまらない例外のモデルもあるので、数字が大きいとシェードも大きいというぐらいの認識でOK!(テストに出ません)

 

ナンタルカ
ナンタルカ
「自然光のような暖かさ」、「黄昏の日差し」、「陽だまりの心地よさ」とか色んな表現で例えられているPHシリーズですにゃ。でもこのやわらかーい癒されるような光は、ぜひ実物で体感して頂きたいですにゃあ〜

 

PH Artichoke(アーティチョーク)

PH アーティチョーク出典:Lightology

 

PH アーティチョークは1958年にポール・ヘニングセンがコペンハーゲンにあるレストラン『ランゲリニエ・パヴィリオン』のために設計した照明です。

 

どの角度から見ても完全にグレア・フリーの光を作りだす独特のフォルムを持つPHアーティチョークは、正確に配置された72枚の羽が「アーティチョーク」の名前を象徴しています。

アーティチョーク

▲アーティチョークとは地中海地方原産の多年草のこと。若いつぼみは食材として利用される。

 

PH アーティチョークはルイス・ポールセン社にて製造プロセスの大部分が手作業で行われていて、名作としての高い品質を生みだしています。

 

PH5の素材には当初が使用されていましたが、その後ステンレスのヘアライン仕上げとポリッシュ仕上げ、そして光沢あるホワイト塗装のタイプが加わり、2020年にはブラックが仲間入りしました。

PH アンティチョーク ブラック出典:Louis Poulsen

▲完全なマットブラック仕上げのブラック・ヴァージョンはルイス・ポールセンで予約注文が可能

 

PHアーティチョークは、今日もレストランを象徴するデザインアイコンとしてランゲリニエ・パヴィリオンの空間全体を飾っています。

ランゲリニエ パヴィリオン PH アーティチョーク出典:RENTSPACE

▲ランゲリニエ・パヴィリオンは1958年にリトル・マーメイドで知られるコペンハーゲン港に建てられたレストラン。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
まだまだ紹介しきれませんが、ポール・ヘニングセンのデザインした素敵な照明はたくさんありますにゃ。気になるあなたはこちらのルイス・ポールセンのサイトから確認してみるにゃあ〜

 

Børge Mogensen(ボーエ・モーエンセン)とは?

ボーエ・モーエンセン出典:fyens.dk

 

ボーエ・モーエンセン(1914年 – 1972年)はデンマークの家具デザイナーで、「ハンス・J・ウェグナー」「アルネ・ヤコブセン」「フィン・ユール」と共にデンマークにおける北欧家具の4大巨匠に数えられる近代家具デザインにおける代表的な人物です。

 

モーエンセンはデンマークのオールボーで1914年に生まれ、20歳の時に家具マイスターの資格をゲットし、家具職人としてのキャリアをスタートさせます。

 

モーエンセンの親友で、共に切磋琢磨しあうハンス・J・ウェグナーとは、この1930年代にコペンハーゲンで出会いました。

ハンス・J・ウェグナー ボーエ・モーエンセン出典:DANSK

▲クールな表情のハンス・J・ウェグナー(左)と楽しそうなボーエ・モーエンセン(中央)

 

▼ハンス・J・ウェグナーって誰なん?ってなったらこちら▼

サークルチェア PPMObler ウェグナー
北欧デザインのインテリアの特徴とは?ハンス・J・ウェグナーの椅子も画像で解説この記事では北欧デザイン、スカンジナビアンデザインについてわかりやすく解説しています。代表的な家具デザイナーハンス・J・ウェグナーの人物像や代表的なプロダクトについて画像でわかりやすく解説しています。インテリアコーディネーターの復習や、試験勉強の参考にお役立てください。...

 

それと並行して1936年から1938年にかけてコペンハーゲン芸術工芸学校家具科、1938年から1941年かけてデンマーク王立芸術アカデミー家具科に在籍し、ここでは「デンマークの近代家具デザインの父」とも呼ばれるコーア・クリントに師事します。

 

▼コーア・クリントって誰なん?となったらこちらから▼

ポエトソファ POET SOFA
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さらに在学中には「デンマークの書棚の基礎」を築いたデザイナーであるモーエンス・コッホの建築設計事務所にも勤め、ハングリー精神旺盛なモーエンセンは建築と家具デザインの経験と知識を地道に積み重ねてゆくのでした。

モーエンス・コッホ出典:Greeniche

▲モーエンス・コッホがデザインしたブックケース。一見何の変哲もないデザインのように見えるが、1944年にデンマークのインテリアブランド『FDBモブラー』から発売されたのち、半世紀以上も愛され続けている。ちなみにコッホもコーア・クリントの弟子の1人。

 

そんな中、第二次世界大戦後の荒廃したデンマーク国民の生活を立て直すべく、『FDB(デンマーク生活協同組合連合会)(※)』と呼ばれる組織により復興プロジェクトが立ち上げられ、最重要課題である生活必需品を生産する為、FDBの家具部門としてインテリアブランド『FDB Mobler(FDBモブラー)』が設立されました。

 

※FDB(デンマーク生活協同組合連合会)とは

1866年にクリスチャン・ソンネによって設立された組織で、一般の人たちの日常生活に寄与することを目的にスタートした協同組合。

1942年にFDBの家具部門として『FDBモブラー』が設立され、インテリア事業の角度から、デンマーク国民の消費者生活レベル向上を目指した。

FDBモブラーの監修にはコーア・クリントが、初代代表にはボーエ・モーエンセンが選ばれた。

ちなみにFDBとは「Fællesforeningen for Danmarks Brugsforeninger(デンマーク生活協同組合連合会)」の略称。

 

FDBMobler モブラー出典:TABROOM

▲『FDBMøbler (FDBモブラー)』は1942年に設立されたデンマークのインテリアブランド。ボーエ・モーエンセンが代表を務め、彼のデザインの多くは同社によって現在も販売されている。

 

この時モーエンセンが師事していたコーア・クリントは、自身が監修に関わるこのFDBモブラーのデザイン責任者として愛弟子であるモーエンセンを任命します。

 

こうして1942年から1950年の間、モーエンセンはFDB (デンマーク生活協同組合連合会)の家具部門である『FDBモブラー』に、デザインマネージャーおよび初代代表として勤務することになったのです。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
このFDBモブラーではハンス・J・ウェグナーもデザインに関わって、モーエンセンと一緒にデザインをしたんですにゃあ

 

1945年には友人のハンス・J・ウェグナーと共作でスポークバックソファを、1947年にはシェーカー様式の椅子をアレンジしたシェーカーチェア(J39)を発表します。

 

1950年、36歳になったモーエンセンはいよいよ独立し、1955年にはデンマークの家具メーカーフレデリシアとのコラボレーションを行い、1959年スパニッシュチェアを発表するなど精力的に活動しました。

モーエンセン フレデリシア出典:DANSK

▲1955年に30歳のアンドレアス・グラバーセン(左)が当時のフレデリシア社を買収し、ボーエ・モーエンセン(右)と共に会社の立て直しに尽力した。

 

モーエンセンの座右の銘である「より美しく、より安く、より堅牢な家具」に忠実に、数多くの名作を1972年に逝去するまでの間にデザインし続けました。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
フレデリシアは1911年にデンマークで創業した家具メーカーにゃ。赤字だった経営を立て直したのが当時の新社長のアンドレアス・グラバーセンで、モーエンセンを迎え入れて高品質な家具製造に力を入れたんですにゃあ〜

 

Spoke-Back Sofa(スポークバックソファ)

スポークバックソファ 出典:LekkerHome

 

スポークバックソファは1945年に開催されたコペンハーゲン家具職人ギルド展の為に、ボーエ・モーエンセンとハンス・J・ウェグナーが目玉として共同で設計し、発表したチェアです。

 

レザーのストラップをソファに掛ける位置によってサイドが6段階に稼働するというリクライニング機能とシンプルで軽量なソファのデザインは、その革新性で高く評価されました。

スポークバックソファ 後ろから出典:scandinaviandesign.com

▲2020年にはスポークバックソファ発表から75周年記念のモデルが発売された。記念モデルは当時のオリジナルのチェック柄ファブリック『Cotil』がリネン生地で再現されている。

 

もともとはバッククッションなしで展示されていましたが、現在ではさまざまなファブリックとレザーのオプションが用意されており、『フレデリシア』から販売されています。

 

Shaker Chair(シェーカーチェア)

シェーカーチェア J-39出典:HAARBY

 

シェーカーチェア(J39)は1947年にボーエ・モーエンセンが発表したチェアで、別名『ピープルズチェア(みんなの椅子)』と呼ばれるほどデンマークでベストセラーとなりました。

発表されて以来一度も生産を中止することなく現在まで作り続けられているモーエンセンの代表作といえる椅子です。

 

J39はモーエンセンがFDB(デンマーク生活協同組合連合会)の家具デザイナーとして活躍していた頃に一般庶民のための椅子デザインの製作を依頼され、良質かつリーズナブル、そしてシンプルで主張しすぎないフォルムというコンセプトのもと、約5年もの時間を費やし誕生しました。

J39 シェーカーチェア出典:HLD

▲当時流行していた輸入素材は使用せず国内のビーチ材やオーク材を使用し、直線的な木材を使用することで加工の手間を省きコストカットを行った。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
愛称の『シェーカーチェア』については既にお気づきの方も多いと思いますが、18~19世紀頃のアメリカでシェーカー教徒たちが作って使用していたシェーカーチェアの名称から付けられていますにゃあ

 

▼シェーカー教徒ってそもそも何なん?て方はこちら▼

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Spanish Chair(スパニッシュチェア)

スパニッシュ チェア出典:MIDCENTURY MOBLER

 

スパニッシュチェアは1959年にフレデリシアから発表されたチェアで、モーエンセンがスペインのアンダルシア地方を旅行中に見かけたその地方伝統の貴族階級の椅子からインスピレーションを受け、自邸用にデザインされました。

 

木目の美しいオーク材に背もたれとシートの2枚のサドルレザーを留める真鍮(しんちゅう)(※)のバックル、そして厚みのあるコニャック色のレザーは、年月を重ねて使い込むことでさらに美しくなります。

※真鍮(しんちゅう)とは

銅と亜鉛を混ぜ合わせた合金のこと。

金色に近い黄色をしていることから「黄銅(こうどう、おうどう)」とも呼ばれる。

この名称は亜鉛の含有量によって変わり、5~20%未満のものを「丹銅」、30%のものを「七三黄銅」、40%のものを「六四黄銅」と呼ばれ、「黄銅」はこの亜鉛の含有量が20%以上のものを指す。

熱によっていろいろな形に加工がしやすい金属であるため、デザイン性の高いインテリア用品や装飾品、文房具に使われており、身近なものでは五円玉に使用されている。

 

フレデリシア スパニッシュチェア出典:Fredericia

▲コニャック色の美しいレザー。ちなみに「コニャック」とはフランスのコニャック地方で産出する高級ブランデーの一種のこと。

 

シンプルな構造のラウンジチェアは、平均的な椅子のシートハイが45cm程度であるのに比べ、33cmと低めの設定となっていて、背中に体重を預けて最高のリラックス感覚が味わえるようになっています。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
ちょっとしたサイドテーブルの代わりにもなる、とっても幅の広いアームレストも特徴ですにゃ。ウィスキー好きだったモーエンセンは、このアームレストにウィスキーのグラスを置いて楽しんでいたそうなんですにゃあ〜

 

Poul Kjærholm(ポール・ケアホルム)とは?

出典:CONTEXT GALLERY

 

ポール・ケアホルム(1929年- 1980年)はデンマークの家具デザイナーで、「インターナショナル・スタイル(※)」の影響を受けた、ステンレスなどの金属を使用したシャープで直線的な作品で知られています。

 

※インターナショナル・スタイルとは

1920年代から50年代にかけて現われた建築様式のことで、「国際様式」とも呼ばれる。

装飾を排除し、シンメトリーよりもバランスを重視、量感よりも空間感覚で建築を捉えることによって、個人や地域の垣根を超えた、世界的に共通する様式の創造を目指した。

合理主義かつ機能主義的で、凸凹のない鉄筋コンクリートのキュービックな建物本体、フラットな水平屋根、連続するガラスのカーテン・ウォールなどを用いた、直線的な表現を特徴とする。

代表例としては、ミース・ファン・デル・ローエの一連の作品が挙げられる。

 

▼ミース・ファン・デル・ローエの一連の作品はこちら▼

バウハウス BAUHAUS
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1926年、デンマークのオスターヴゥローに生まれたケアホルムは、7歳の時に家族と共にヤーイングに移住して画家を目指していましたが、祖父の勧めにより同じヤーイングに住む家具職人グロンベックの下に弟子入りしました。

やがて並行してヨーリン技術学校に入学したケアホルムは、この学校で14歳まで幾何学(図形や空間の性質について研究する数学の分野)と製図を習い、18歳で早くも家具職人(マイスター)の資格を取得します

 

22歳で地元での家具職人の修行を終えたケアホルムはデンマークの首都・コペンハーゲンに移ると、コペンハーゲン美術工芸学校でハンス・J・ウェグナーに家具デザインを学びました。

この学校での卒業制作として発表したのがスチールと帆船用のロープだけで構成されたチェア『PK25』で、このチェアは現在でもフリッツ・ハンセン社から販売されています。

PK25 ポール・ケアホルム出典:Fritz Hansen

『PK25』は「エレメントチェア」とも呼ばれ、スチール製の本体には溶接による継ぎ目が無い美しいデザインで、ケアホルムの工業素材に対する熱意を感じる重要な例といえる。

 

▼「もうウェグナーはわかったよ」と言われそうですが▼

サークルチェア PPMObler ウェグナー
北欧デザインのインテリアの特徴とは?ハンス・J・ウェグナーの椅子も画像で解説この記事では北欧デザイン、スカンジナビアンデザインについてわかりやすく解説しています。代表的な家具デザイナーハンス・J・ウェグナーの人物像や代表的なプロダクトについて画像でわかりやすく解説しています。インテリアコーディネーターの復習や、試験勉強の参考にお役立てください。...

 

卒業後は1952年にフリッツ・ハンセン社に入社し、1953年までという僅かな期間だけ勤務し、時期は被りますが1952年から1956年にかけて、母校であるコペンハーゲン美術工芸学校夜間コースの講師も務めました。

フリッツ・ハンセン社で勤務していたケアホルムは、2枚の成型合板からなるラウンジチェア『PK0』の試作品を製作していたのですが、同時期にデザインされたアルネ・ヤコブセンの『アントチェア 』を優先して開発することが決まったため、ケアホルムのラウンジチェアは製品化されることなく、意見の相違からケアホルムはフリッツ・ハンセン社を去ることになったのでした。

 

フリッツ・ハンセン PK0出典:keizo

▲ポール・ケアホルムがフリッツ・ハンセン社でデザインしたラウンジチェア『PK0』のスケッチ。ケアホルムは製品化されなかった理由に付いて「この個性的な形のせいでしょうね、極端な形ですから」とのちに語っている。

ポール・ケアホルム PK0出典:Fritz Hansen

▲1996年、フリッツ・ハンセン社は創業125周年を記念して、ケアホルムの幻の作品『PK0』をシリアルナンバー入りの600脚のみ製品化した。

 

1953年、27歳のケアホルムは同郷の幼馴染みである建築家ハンナ・ダムと結婚し、1955年から北欧デザイナー御用達(ごようたし)の芸術学校『コペンハーゲン王立美術アカデミー』で教鞭を執りました。

 

同年の1955年、ハンス・J・ウェグナーの事務所に勤務していた時に知り合いになった家具メーカー『アイヴィン・コル・クリステンセン社』の創業者アイヴィン・コル・クリステンセンと家具の製造・販売においてコラボレーションをはじめ、傑作となるPK22を発表します。

 

PK22

PK22 ポール・ケアホルム出典:2DESIGNLOVER

 

PK22は、ポール・ケアホルムが1956年に『アイヴィン・コル・クリステンセン社から発表した最も有名な作品です。

 

ラウンジチェアのフレームにスチールを使用するスタイルはコペンハーゲン美術工芸学校での卒業制作『PK25』から見られましたが、PK25のフレームが全て継ぎ目なく一体化しているのに対して、PK22はデザインの改良と生産性のために構造部分がいくつかのパーツに分けられているのが特徴です。

いくつかのパーツに分けられているということは組み立て式で、「分解して小さくすることが出来る」ということです。

PK22 Detail ポール・ケアホルム出典:DANKE

▲いくつかのパーツに分解できるということは、輸送する上でもコストを抑えることができる。

 

PK22は大きな反響を得て、1957年の美術展覧会『ミラノ・トリエンナーレ』でグランプリを獲得しました。

 

ラウンジチェアのフレームはサテン仕上げのステンレススチール、シート部分の素材は籐(とう)の他にもレザー、スエード、キャンバス生地から選ぶことができます。

ポール・ケアホルム PK 22出典:Fritzhansen

▲PK22はミース・ファン・デル・ローエの傑作『バルセロナチェア』から強い影響を受けていた

 

▼バルセロナチェアと比べてみたくなった方はこちらから▼

バウハウス BAUHAUS
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ナンタルカ
ナンタルカ
ケアホルムとクリステンセンのコラボレーションは生涯にわたって続き、両家はいまも親しい間柄にあるんですにゃ。ちなみに1955年からケアホルムが亡くなる1980年までのケアホルムの家具は『アイヴィン・コル・クリステンセン社』で製作されていましたが、1982年からは『フリッツ・ハンセン社』が製作を引き継いでいるんですにゃあ〜

 

1956年、クリステンセンの紹介でデンマークのラングステッドに自宅建設のための土地を取得したケアホルムは、自邸のための家具デザインを行い『PK38』、『PK54』、『PK9』、『PK1』など10種類の家具を製作、妻のハンナは建築家として自宅の設計を行いました

ポール・ケアホルム ハンナ ラングステッド 建築出典:ArtDepartment

▲ポール・ケアホルムの妻であるハンナ・ダムは優秀な建築家であり、建築についての著書も出版されている。大きなガラス張りの窓と、水平横長の屋根が特徴的な『ポール・ケアホルム自邸』。

 

ポール・ケアホルム ハンナ 自宅 建築 エントランス PK0出典:arkfo.dk

▲玄関入って正面には、600台限定生産された幻の『PK0』が置かれている。

 

ポール・ケアホルム ハンナ ラングステッド 自宅 自邸 建築出典:mid2mod

▲妻のハンナが設計したポール・ケアホルム邸には名作と呼ばれる作品がずらり。

 

PK24

PK24 ポール・ケアホルム ハンモックチェア出典:Bukowskis

 

PK24はポール・ケアホルムが1965年にアイヴィン・コル・クリステンセンから発表したラウンジチェア・シェーズロングです。

現在はフリッツ・ハンセン社から販売されていて、PK24をラウンジチェアと呼んでいますが、機能的にはシェーズロングとして使うのが一般的かと思います。

 

PK24は、PK22と並んでポール・ケアホルムの最も代表的な作品で、ロココ時代やフランス式の長椅子からインスピレーションを得て、有機的で流れるようなフォルムをスチールを用いて実現しました。

PK24 シェーズロング出典:Bukowskis

▲スチールフレームに手作業で藤を編み込んだシートとヘッドレストはレザーになっているのがオリジナルの仕様だが、シートはレザーも選択ができる。

 

また、ル・コルビュジェのLC4(シェーズロング)のデザインにも影響を受けていて、LC4と同じようにシートは可動して角度を変えることができるようになっています。

 

▼ル・コルビュジェのLC4ってどんなだっけ?ならこちら▼

サヴォア邸
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まるでシートが浮いているように見えることから「ハンモックチェア」との呼び名もあり。

PK24 詳細 ディティール出典:scandinaviancollectors.com

▲ヘッドレストはぶら下がっているスチールバーの重みによって高さを調節できる

 

1960年、ケアホルムは美術展覧会『ミラノ・トリエンナーレ』でデンマークパビリオンの展示デザインを担当し、1976年からはかつての母校に戻り、コペンハーゲン王立美術アカデミーの学長に就任しました。

ポール・ケアホルム 家具 チェア製作出典:Bel Oeil

▲ポール・ケアホルムは生涯家具デザイナーとしての活動を続け、若手の育成にも力を入れた

 

デンマークだけでなく世界に影響を与え続けたケアホルムは、1980年、51歳という若さで肺がんにより亡くなりました。

 

若くしてこの世を去ったケアホルムを悼み、アイヴィン・コル・クリステンセンは事業を打ち切ることを決め、その翌年にケアホルムの才能を最初に認めた会社であるフリッツ・ハンセン社に、家具の製造権を譲りました

あいヴァン・コル・クリステンセン 刻印出典:MODERNIFY

▲1980年以前のポール・ケアホルムの家具には上の写真のようなアイヴィン・コル・クリステンセンのロゴの刻印があり、アンティークを証明するものとして高値で取引されている。

 

ナンタルカのまとめ

ナンタルカのまとめ

 

ナンタルカ
ナンタルカ
今回の記事で絶対におさえておきたいポイントですにゃ!

 

まとめ小テスト

 

■ポール・ヘニングセン

ポール・ヘニングセンはデンマークの建築家、照明デザイナーで、グレアの少ない照明の(①)シリーズを開発し、デンマークの照明メーカー『(②)』によって製造されている。代表作には1958年に発表された北欧デザインの照明として最も有名な(③)や、同年、コペンハーゲンにあるレストラン『ランゲリニエ・パヴィリオン』のために設計された(④)などがある。

回答を見る
①PHランプ ②ルイス・ポールセン ③PH5 ④PH アーティチョーク

 

■ボーエ・モーエンセン

ボーエ・モーエンセンはデンマークの家具デザイナーで、「ハンス・J・ウェグナー」、「アルネ・ヤコブセン」、「フィン・ユール」と共にデンマークにおける『北欧家具の4大巨匠』に数えられる人物で、(①)に師事して数多くの傑作家具を生み出した。代表作には、1945年に開催されたコペンハーゲン家具職人ギルド展でハンス・J・ウェグナーとの共作で発表した(②)、1947年に発表したチェアで、別名「ピープルズチェア」と呼ばれる(③)、1959年にフレデリシアから発表されたチェアで、スペインのアンダルシア地方を旅行中に見かけた伝統的な椅子からインスピレーションを受けてデザインした(④)がある。

回答を見る
①コーア・クリント ②スポークバックソファ ③シェーカーチェア ④スパニッシュチェア

 

ポール・ケアホルム

ポール・ケアホルムはデンマークの家具デザイナーで、インターナショナルスタイル(個人や地域性の垣根を超えた世界共通の様式)の影響を受けた、ステンレスなどの金属を使用したシャープで直線的な作品で知られている。代表作には、1956年にアイヴィン・コル・クリステンセンから発表した最も有名な作品である(①)、1965年に同じくアイヴィン・コル・クリステンセンから発表した「ハンモックチェア」とも呼ばれるシェーズロング(②)がある。

回答を見る
①PK22 ②PK24

 

お疲れ様でした。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

分かりにくい点やお気づきのことがあれば、メールでご連絡頂けましたら幸いです。

 

では、次回もお楽しみに。

 

▼次回、イタリアンモダンデザイナー編はこちら▼

ヴィコ・マジストレッティ アールト
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