こんにちは、しけたむです。
この記事では
- 「デンマークのデザイナーがすごいのは分かったけど、有名な人ってまだまだいるの?。」
- 「北欧家具やデザイナーについては一通り、理解しておきたい。」
という方々に向けて
まだまだ知っておきたい、有名なデーニッシュモダンのデザイナーのコーア・クリントとフィン・ユールについて分かりやすく画像で解説します。
Kaare Klint(コーア・クリント)とは?
出典:Rosendahi Design Icons
コーア(コーレ)・クリント(1888-1954)は「デンマークの近代家具デザインの父」であり、デンマークには何人父が居るんだと言われてしまいそうですが確かにそのように呼ばれている建築家であり家具デザイナーで、アルネ・ヤコブセンやハンス・J・ウェグナーにも大きな影響を与えた人物です。
▼アルネ・ヤコブセンとハンス・J・ウェグナー の記事はこちらから▼
1888年にデンマークの首都コペンハーゲンで建築家の父の元に生まれたクリントは、幼少時からすでにデザインや建築は生活の一部になっていて、機能と美への関心は早くから目覚めていたようです。
しかし、皮肉にもクリントが大きな功績を残したのは建築ではなく、家具デザインの分野でした。
1914年、クリントは初めてのデザインといえるデンマーク・フォーボー美術館用の家具を発表します。
この時にデザインされた『Faaborg Chair(フォーボーチェア)』は、はじめての作品とは思えないような完成度の高さで、素材と美しいフォルムとが絶妙なバランスで融合されていました。
出典:Salut
▲デンマーク・フィン島にあるフォーボー美術館のためにデザインされた『フォーボーチェア』
1923年、クリントはデンマーク王立芸術アカデミー(王立美術院)(※)に家具科を創設し、1924年には家具科の初代教授に就任します。
(※ちなみにアルネ・ヤコブセンはこのアカデミーの建築科を1927年に卒業しています。)
デンマーク王立芸術アカデミーでクリントはボーエ・モーエンセンなどの、後に北欧デザインを引っ張っていくことになる若手デザイナーを育成し、デンマーク家具のモダンデザインに大きな影響を与えることになります。
▼ボーエ・モーエンセンって誰なん?て方はこちら▼
コーレ・クリントは、明確でロジカルな構造、無駄をそぎ落としたシンプルなライン、良質な素材の使用、そして質の高いクラフトマンシップをデザインに求めた斬新な教育方針で、デンマーク家具デザインを大幅に刷新しました。
FAABORG CHAIR(フォーボーチェア)
出典:MODERNITY
フォーボーチェアは1914年のクリントが26歳の時にデンマーク・フィン島にあるフォーボー美術館のためにデザインしたチェアで、翌年の1915年に開館したフォーボー美術館の開館式典で一般に発表されました。
デンマークの現代家具デザインの最初の作品とも言えるチェアであり、「デーニッシュ(デニッシュ)モダン」の基盤を作った家具史に残るチェアです。
出典:Carl Hansen & Søn
▲美術品の前に座り、じっくりと観賞できることと、軽量で移動が簡単であることが求められた
クリントの家具デザインは古典様式がモチーフになっていているものが多く、そこにモダニズムを融合することにより高いデザイン性を持ち合わせた家具が生まれました。
PROPELLER STOOL(プロペラスツール)
プロペラスツールは、クリントによって1930年にデザインされた折り畳み式のスツールです。
X型の脚がプロペラのように見えることから名付けられたこのスツールの特徴は、折りたたむと1本の棒のように美しく見えることでした。
▲古代から存在するX型スツールだが、ここまで高い木材加工技術は見られなかった
1930年にデザインされたものの、脚の加工が困難ですぐには製造されませんでした。
そして1956年、デンマーク工芸博物館で開催されたコーア・クリント展のために初めて試作品が完成し、1962年になって製造が開始されますが、その時すでにクリントが他界してから8年後のことでした。
1964年、プロペラスツールはコーア・クリントの息子、ナウア・クリントが中心となって開催された家具展示会『コペンハーゲン家具職人ギルド展』で一般に発表されています。
THE LANTERN(ザ・ランタン)
出典:choices by IMPLEMENTS
ザ・ランタン(Model 101)は、1944年にクリントがデザインしたペンダント照明で日本の伝統工芸である提灯にも似た見た目が特徴的です。
細かいプリーツを施したフォルムから「フルーツランタン」とも呼ばれ、クリントの代表作でもあります。
出典:choices by IMPLEMENTS
▲コペンハーゲンでは「パイナップル」という愛称でも親しまれているザ・ランタン
ザ・ランタンは複雑そうに見えるデザインですが、じつはこれ1枚のプラスチックシートをひとつひとつ手で折りあげて作っているハンドクラフトなのです。
この幾何学的な美しいフォルムと光と影の優しく繊細なコントラストを持つ名作照明は、明かりの芸術品として北欧のみならず、世界中で今も愛され続けています。
Finn Juhl(フィン・ユール)とは?
出典:GOOD FORM
フィン・ユール(1912年1月30日 – 1989年5月17日)はデンマークの建築家、家具デザイナーで、アルネ・ヤコブセン、ハンス・J・ウェグナー、ボーエ・モーエンセンと共に「北欧家具の4代巨匠」に数えられている人物です。
1912年、デンマークのコペンハーゲンに生まれたユールは、多数の天才を輩出したおなじみデンマーク王立芸術アカデミー(王立美術院)で建築家であるカイ・フィスカーに師事して建築を学び、1934年に卒業後、建築家のヴィルヘルム・ラオリッツェンの建築設計事務所に勤務しました。
▼アルネ・ヤコブセンの生い立ちとカイ・フィスカーはこちらから▼
当時、建築学を専攻していたフィン・ユールの家具デザインは、ユニークさを追い求めた彫刻のような作品が多く、家具の構造に脆さを感じさせるものがありました。
そんな彼が家具デザイナーとして陽の目を浴びるのは、1937年に『スネーカーマスター(技術を極めた家具職人に与えられる最高の位)』のニールス・ヴォッダーとパートナーを組み、コペンハーゲンで毎年行われている家具の展示会『コペンハーゲン家具職人ギルド展』に家具を出展したことに始まります。
▲チェアのアームに塗装をかけるスネーカーマスターのニールス・ヴォッダー(写真左)
ヴォッダ―とパートナーを組んだ事により、まずは加工が難しいとされていた頑強な木材であるチーク材を主要素材として扱うことに成功し、弱点であった家具の構造の脆さを克服。
さらにはフィン・ユールのユニークさと脆さを併せ持つデザインが独創的であるという強みになりました。
しかし、彫刻を思わせる有機的な曲線で構成された椅子は、当時のデンマークではまだ斬新すぎたためか評価は良くありませんでしたが、1940年に発表した「ペリカンチェア」と、1941年に発表した「ポエトソファ」は評判が良く、初期の代表作となります。
出典:Y’S CASA
▲1940年に発表した「ペリカンチェア」(右)と1941年発表の「ポエト」
Pelican Chair(ペリカンチェア)
出典:ETERNITY MODERN
ペリカンチェアは1940年にコペンハーゲン家具職人ギルド展で発表されたフィン・ユールがデザインしたチェアで、展示会ではそのペリカンが羽を広げたような風変わりなデザインと、まるっとした頑丈な脚で色んな意味で一際目立っていたそうです。
この時はまだペリカンチェアという名称はついておらず、ユールは通常家具の番号を設計された年にちなんで名付けていましたが、そのチェアの形状と呼びやすさから時が経つにつれて「ペリカン」というニックネームが椅子に定着しました。
▲ペリカンチェアのシート部分にはボタンが付いていて有り無しを選択できる。この写真はボタンの付いていないバージョン。チェアを複数脚並べると湖に集まるペリカンに見える。
当時ペリカンチェアが製造されたのはごくわずかの数量で、2001年に再発売されるまで、ペリカンチェアの存在はほとんど忘れられていました。
特徴的な柔らかく有機的な形は、まるでペリカンに包まれているかのような安らかな気持ちになります。
▲このモコモコ生地は世界中で大人気。座った時のサイズ感はこんな感じ。
Poet Sofa(ポエトソファ)
出典:Bkowskis
ポエトソファは、1941年のコペンハーゲン家具職人ギルド展で初めて日の目を見るようになった2人掛けのソファです。
これは前年に出展していたペリカンチェアからの進化とも言えるような作品で、シートのボタンやレッグの形状はほとんどそのままです。
またポエトソファのコンパクトなサイズは、当時の一般的なアパートはさほど広くは無く、そのような部屋の大きさに合う家具を作りたいというフィン・ユールの野心の結果でした。
出典:Dwell
▲小さなポエトソファは2人でくつろぐのは勿論、大きめチェアとしてゆったりと使うのも良さそう。
1941年のギルド展では、彫刻家によって石膏レリーフの男女カップルが彫られ、ポエトソファに座らせて展示しました。このように、彼はコンパクトなサイズのアピールと共に、家具と彫刻のつながりを示しました。
第二次世界大戦後、アメリカではミッドセンチュリーの家具ブーム真っ只中で、次第に北欧家具が注目されはじめます。
アメリカでフィン・ユールの作品は絶賛され、ミッドセンチュリー時代のアメリカでユールのチェアはデーニッシュモダンの代名詞となりました。
こうして人気を博したユールは1945年に独立をして、その年に最高傑作と呼ばれる「イージー・チェアNo.45」を発表します。
出典:METROCS
▲この椅子は「世界で一番美しい肘掛を持つ椅子」とまで呼ばれ、フィン・ユールに多大な名声をもたらした。「イージーチェア No.45に座るフィン・ユール」
45 Chair(イージーチェア No.45)
1945年の秋、フィン・ユールは毎年恒例となったコペンハーゲン家具職人ギルド展でイージーチェアNo.45を発表しました。
現在では「世界で最も美しいアームを持つチェア」と評されているチェアで、ユールがヴィルヘルム・ラオリッツェン建築設計事務所から独立後に最初にデザインした家具です。
イージーチェアNo.45の最大の特徴は、まさにこの世界で最も美しいとまで評される彫刻のようなアームで、背もたれから脚までに連続して有機的に湾曲した曲線は、人体に溶け込むように自然に馴染み、身体を緊張から解き放ちます。
出典:1stDIBS
▲まるで彫刻作品のような、見た目から木の優しい手触りが伝わってくるようなアームレスト
しかしこの美しいアームを持つが故に、イージーチェアNo.45は非常に製作難易度が高く、大量生産がまったく出来ませんでした。
また、座面のシートは横から見ると木のフレームから浮いているように見えるデザインとなっていて、重々しい印象を感じないように、また横から見ても美しく感じるような美的感覚もフィン・ユール作品の特徴です。
▲座面の下が浮いているような構造となっており、軽やかな印象となっている
今日、この椅子はデンマークの家具デザインの中で最も革新的で象徴的な作品の1つと広く見なされています。
多くの家具の名作を発表したフィン・ユールは、1950〜1952年に国連ビル施設の一部『フィン・ユールホール』を設計し、ユールの名は優秀な建築家としても世界中に広まり、デンマーク国内での評価も圧倒的に高まりました。
出典:Pinterest
▲『フィン・ユールホール』と呼ばれる国連、信託統治理事会会議場。ユールがこの会議場を設計したことで、アメリカはもちろん、国際的な名声を得た。
ナンタルカのまとめ
■コーア・クリント
コーア・クリントは「デンマークの近代家具デザインの父」と呼ばれる建築家・家具デザイナーで、後に北欧デザインを引っ張っていくことになる若手デザイナーを育成し、デンマークのモダンデザインに大きな影響を与えた。代表作にはデンマーク・フィン島にあるフォーボー美術館のためにデザインした(①)や、折りたたみ式の(②)、「フルーツランタン」とも呼ばれる細かいプリーツを施したフォルムが特徴のペンダントライト(③)がある。
■フィン・ユール
フィン・ユールはデンマークの建築家、家具デザイナーで、アルネ・ヤコブセン、ハンス・J・ウェグナー、ボーエ・モーエンセンと共に「北欧家具の4代巨匠」に数えられている。彫刻を思わせる有機的な曲線で構成された椅子をデザインし、代表作には1940年にコペンハーゲン家具職人ギルド展で発表されたチェア(①)や、翌年の展示会で発表された2人掛けのソファ(②)、そして「世界で最も美しいアームを持つチェア」と評されている(③)がある。
お疲れ様でした。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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では、次回もお楽しみに。
▼次回、デンマークの北欧デザイナー最終章はこちら▼