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【20世紀の動き(2)−1】アール・デコと現代建築の巨匠『ル・コルビュジェ』【世界のインテリアの歴史⑬】

サヴォア邸

 

 

こんにちは、しけたむです。

 

 

この記事では

 

 

  • 「アール・デコの代表的な建築物について知りたい。」
  • 「ル・コルビュジェって名前は聞いたことがあるんだけど・・・。」

 

 

という方々に向けて

 

20世紀に生まれたデザイン様式であるアール・デコと現代建築の巨匠『ル・コルビュジェ 』について、分かりやすく画像つきでご紹介していきます。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
名前は聞いたことがあるけれど、じつは詳しくは知らないとかよくある話にゃ!インテリアコーディネーター資格に出るポイントと、コーディネーターとして知っておく情報を網羅しましたので楽しみながら覚えていくにゃー!

 

 

 

 

 

アール・デコとは?

アール・デコ出典:Vectorstock

▲アール・デコのデザインパターンは古代エジプトや中国の東洋美術、バウハウスなど古今東西から影響を受けている。

 

 

 

アール・デコは、19世期末にヨーロッパでを象徴した芸術運動であるアール・ヌーボーとは対照的に簡潔さと合理性を目指したデザイン様式で、シンメトリーで幾何学的な線とパターン化された模様が特徴です。

 

 

 

一時衰退していたアール・ヌーボーなどの装飾的スタイルがゼツェッションなどの影響を受け、工業デザインと結びついて復活したもので、1925年にパリで開催されたパリ万国装飾美術博覧会で花開きました。

 

 

 

この博覧会の略称をアール・デコ博といい、この略称にちなんで一般に『アール・デコ』と呼ばれるようになりました。

 

 

 

1925年開催の博覧会だったので、1925年様式とも呼ばれます。

 

 

 

 

フランスで生まれたデザイン様式ですが、アメリカのクライスラービルエンパイアステートビル、日本では朝香宮(あさかのみや)邸(現在の都立庭園美術館)などが有名です。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
アール・ヌーボーが曲線的で一品生産の芸術的なデザイン様式だとすると、アール・デコは直線的で大量生産を前提としたデザイン様式と言われますにゃ!

 

 

アール・デコの代表的建築

クライスラー・ビルディング

クライスラービル▲1930年の完成当時は世界一の高さを誇る建築物だったクライスラー・ビル(319メートル)

 

 

クライスラー・ビルディングアメリカのニューヨーク市マンハッタンにある超高層ビルで1928年に着工し、1930年に完成しました。

 

 

 

当時、ニューヨーク市内では高さ世界一を狙う超高層ビルの建設競争ブームの真っただ中でクライスラービルディングはウォール街にあるウォールタワーと世界一の高さを競いあい、猛烈な勢いで建設が進められました。

 

 

 

クライスラービルディングの当初の計画では246メートルとなる予定でしたが、ウォールタワーが260メートルの計画で建築を進めてきた為、建設途中にも関わらずさらに高くなるよう急遽設計変更を行い、クライスラービルディングは282メートルに計画変更しました。

 

 

 

そんな設計変更をお互いが繰り返した為、結局319メートルの高さでクライスラービルディングが世界一の高さを誇るビルとなりました。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
クライスラービルディングの天下は長くは続かず、翌年の1931年に完成したエンパイア・ステート・ビルディング443メートルというぶっちぎりの高さで追い抜かれたんですにゃあ〜

 

クライスラービル 近影▲幾何学的なアール・デコの装飾が施された頂部。展望台があるが、現在は利用不可。

 

 

ビルの内外にはさまざまなアール・デコの装飾が施されています。

 

 

もともとは自動車メーカー『クライスラー』の本社ビル建設プロジェクトとして設計されたことから、各所の装飾は自動車をモチーフにしたものが多く見られます。

クライスラービル ロビー出典:Hedden Architecture

▲クライスラー・ビルのロビー。天井全体は壁画で覆われている。

 

クライスラービル エレベーター出典:Hedden Architecture

▲エレベーターホール。エレベーターの扉にはシンメトリーで幾何学的な装飾が施されている。

 

 

クライスラー・ビルはアメリカ合衆国のシンボル的存在で、アール・デコ建築の古典的代表作とみなされています。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
クライスラー・ビルディングの最上部尖塔はステンレスの鋼板で覆われているんですにゃ。これは世界で初めてビル外装に大量のステンレス鋼を使用したという歴史的建造物でもあるですにゃ!

 

 

エンパイア・ステート・ビルディング

エンパイアステートビル 外観▲世界で最も壮大なアールデコ様式の摩天楼。地上102階建て、頂上までの高さ443メートル。

 

 

エンパイア・ステート・ビルディングはアメリカ合衆国のニューヨーク市マンハッタンにそびえ立つ超高層ビルです。

 

 

 

 

クライスラー・ビルディングから『世界一高いビル』の称号を奪うために1929年に着工、1931年に竣工するという急ピッチで建設が行われ、結果として443メートルという高さで当時世界高いビルの称号を手に入れました

 

 

 

 

ちなみにエンパイア・ステートという名称は日本語で「帝国州」で、ニューヨーク州のことを意味しています。

エンパイアステートビル▲特徴的なシンメトリーデザインの頂部。86階には屋外展望台がある。

 

エンパイア・ステート・ビルディングは世界一の高さを誇るビルでしたが、1972年にワールドトレードセンターが完成し、42年間守ってきた世界一を譲り渡しました。

 

 

 

 

その後、2001年に発生したアメリカ同時多発テロ事件によりワールドトレードセンターの崩壊による相手方の消滅という悲劇的な理由により、このビルが再び「ニューヨークで最も高いビル」となります。

 

 

 

 

2013年には、ワールドトレードセンター跡地に建てられた1 ワールドトレードセンターがアンテナを含めた最長部の高さが541.3メートルとエンパイアステートビルディングを上回り、ニューヨークで最も高いビルの座は再び入れ替わりました

エンパイアステートビル ロビー出典:Ohlhausen Dubois Architects

▲修復作業が進み、新たな大理石へと交換されたエンパイア・ステート・ビルのロビー

 

 

建設から100年近くが経つと、照明からガラス製品、大理石の内装に至るまで、このビルの主要な設計要素が劣化し始め、損失の危機に直面しました。

 

 

 

近年、修復作業が進み損傷した大理石やガラスは撤去され、新たな部材へ交換されました。

こうした取り組みのおかげで、今日のエンパイア・ステート・ビルディングは当時のままの美しい姿を保っています。

 

ナンタルカ
ナンタルカ
有名な特撮映画『キングコング』のラストシーンでキングコングが登っているのがこのエンパイア・ステート・ビルディングですにゃ。1976年のリメイク版だけワールドトレードセンターに変更したら、エンパイア・ステート・ビルディング関係者から「どうしてうちのビルを使わないんだ!」とクレームが来たらしいにゃあ〜

 

 

旧朝香宮邸(きゅうあさかのみやてい)

朝香宮邸(現在の都立庭園美術館)出典:Wikipedia

▲内装設計をフランス人のアンリ・ラパンが担当した『旧朝香宮邸』は、鉄筋コンクリート造で1933年に完成。外観はモダンでシンプルだが、内部はガラスのレリーフや照明器具、壁画、彫刻などがアール・デコ様式で装飾され見どころが多い。

 

 

旧朝香宮邸とは、昭和天皇の皇后様の叔父である鳩彦王(やすひこおう)が1922年からのフランス留学からの帰国後、1947年の皇室離脱まで暮らしたアール・デコ様式の邸宅で、1929年頃から建築準備に取り掛かり1933年に完成しました。

 

 

 

 

 

1922年、軍事研究のためフランスに留学された鳩彦王でしたが、パリでの自動車事故により、看病のために渡欧した鳩彦王の妃である允子内親王(のぶこないしんのう)とともに1925年までフランスで療養しながら長期滞在することとなりました。

 

 

 

 

そうした中、夫妻は1925年のパリ万国装飾美術博覧会(通称アール・デコ博)を見学し、アール・デコの作品に接して大きな感銘を受けたのでした。

 

 

 

このことが帰国後に夫妻が『アールデコの館』と称される旧朝香宮邸を建てるきっかけとなったという訳です。

 

 

 

旧朝香宮邸出典:FASION HEADLINE

▲旧朝香宮邸正面玄関。正面のガラス扉はルネ・ラリックによる作品。床は大理石のモザイク貼り。

 

旧朝香宮邸出典:Savvy Tokyo

▲旧朝香宮邸の大食堂。天井の照明はルネ・ラリックによる作品『パイナップルとザクロ』

 

旧朝香宮邸出典:Savvy Tokyo

▲大広間の壁材にはウォルナットを使用。内装設計はフランス人デザイナーアンリ・ラパンが担当。

 

 

旧朝香宮邸では、壁面のデザイン、照明器具、扉を装飾するエッチング・ガラス、ラジエーターのグリルなど、至るところにアール・デコのデザインが見られます。

 

 

現在は美術館として使われていますが、内部の改造は僅少で、アール・デコ様式を正確に留め、昭和初期の東京における文化受容の様相をうかがうことができる貴重な歴史的建造物として、国の重要文化財に指定されています。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
フランスのガラス工芸家、ルネ・ラリックの貴重な作品が見れる美術館ですにゃ!隣は気持ちのいい公園なんですにゃ、天気の良い日に行ってみるにゃあ〜♪

 

 

 

ル・コルビュジェ(コルビュジエ)とは?

ル・コルビュジェ出典:linternaute

 

 

 

建築やインテリアに興味が無い人でも、おそらく一度は耳にしたことがあるであろう現代建築の神様、ル・コルビュジェ(コルビュジエ)

 

 

モダニズム建築の巨匠といわれ、特にフランク・ロイド・ライトミース・ファン・デル・ローエと共に近代建築の三大巨匠として呼ばれたり、ヴァルター・グロピウスを加えて四大巨匠と呼ばれることもあります。

 

 

 

 

コルビュジェは、スイスで生まれ、フランスで主に活躍しました。

 

 

本名はシャルル=エドゥアール・ジャヌレ=グリでル・コルビュジェはペンネームということはあまり知られていません。

 

 

 

 

コルビュジェは時計の文字盤職人の父親の次男として、1887年に生まれます。

 

 

家業である時計職人の道を進むつもりで、地元の装飾美術学校で彫金彫刻を学びました。

 

 

ル・コルビュジェ 若い頃出典:Medium

▲若かりし日(23歳)のル・コルビュジェ

 

 

しかし、当時時計産業は斜陽化しつつあったことと、さらにコルビュジェは視力が非常に弱く、精密な加工を必要とする時計職人としては重大なハンデを背負っていたため、別の道へ進むこととなりました。

 

 

 

1908年、コルビュジェが21歳の時にパリへ行き、鉄筋コンクリート建築の先駆者であるオーギュスト・ペレの事務所で2年ほど、1910年にはドイツ工作連盟の中心人物であったペーター・ベーレンスの事務所に1年ほど籍を置き、短期間でしたが実地で建築を学びました。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
オーギュスト・ペレは、当時まだ新しかった鉄筋コンクリート造という技術により芸術的な表現を追求して『コンクリートの父』と呼ばれたんにゃ。コルビュジェだけではなく、ヴァルター・グロピウスとかいろんな建築家がペレに影響を受けたんにゃ〜

 

 

▼巨匠たちの建築の先生、ペーター・ベーレンスについてはコチラの記事にて▼

ドイツ工作連盟
【19世期から20世紀へ(2)−2】ドイツ工作連盟の建築や特徴について7分でマスターしよう【世界のインテリアの歴史⑪−2】この記事ではドイツ工作連盟の建築と特徴についてわかりやすく解説しています。特に活動の中心となった主要なメンバーを紹介している記事です。インテリアコーディネーターの復習や、試験勉強の参考にお役立てください。...

 

 

ドミノシステム

ドミノシステム出典:afasia

▲ドミノシステムを表現したドローイング(1914)

 

 

コルビュジェは、1914年に鉄筋コンクリート造(※1)による住宅建設方法であるドミノシステムを発表しました。

 

鉄筋コンクリート構造出典:楽待

▲鉄筋コンクリートの仕組み図

 

※1:鉄筋コンクリート造とは、圧縮力には強いけど引張力(ひっぱりりょく)には弱いコンクリートを、引張力に強い鉄筋で補強した構造のこと。

耐久性耐火性強度に優れ、経済性にも富む構造として中高層建築で多く採用されています。

鉄筋コンクリート造の英語表記『Reinforced Concrete』を略して一般的に「RC造(あーるしーぞう)」と呼んでいます。

 

 

 

 

西洋では、石積みやレンガ積みによる建築方法である組積造(そせきぞう)による建築方法が伝統的でしたが、この建築方法では、天井を頑丈に支えるために多くの『壁』が必要になります。

 

 

この建築方法では、窓は大きく取れずに室内は暗くなるし、間取りも制限されるし、積み上げるのに時間もかかるし、品質も安定しません

 

組積造 セントメアリー マグダラ教会出典:Wikimedia commons

▲レンガによる組積造の建築物の一例。イギリスのリーパー教会(12−13世期)

 

 

 

しかし、ドミノシステムはスラブ(床や天井などの平らな面)、柱、階段さえ鉄筋コンクリートで堅牢に造れば、窓を大きくすることだってできるし、自由な設計プランが可能になる、という考え方です。

 

 

さらに鉄筋コンクリートによるドミノシステムは、世界中のどこにでも住宅を安価に大量生産することを可能にしました。

 

ドミノの家 コルビュジェ出典:Wikimedia commons

▲イタリアのヴェネツィアにある『ドミノの家』。戦争で破壊された家をすばやく再建するための簡単な解決策を提供することを目的として、1914年にル・コルビュジェによって設計されました。

 

 

ドミノシステムは、その後10年以上にわたりル・コルビュジェの設計手法の基礎をなしました。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
ドミノ(Dom-ino)という言葉は、ラテン語で家を意味する「Domus」革新性を意味する「Innovatio」ゲームのドミノをかけ合わせたル・コルビュジエの造語なんですにゃ!

 

 

新しい建築の5つの要点(近代建築の5原則)

近代建築の5原則 新しい建築の5つの要点出典:World Heritage

▲当時の『新しい建築の5つの要点』スケッチ。左ページがピロティ、右ページが水平横長の窓について。

 

 

ル・コルビュジェは、ドミノシステムを通して住宅を住むための機械と捉え、新しい建築の5つの要点を主張します。

 

 

この、新しい建築の5つの要点近代建築の5原則とも呼ばれ、後の近代建築の発達に圧倒的な影響を与えることとなりました。

 

 

【新しい建築の5つの要点(近代建築の5原則)】

 

・ピロティ(1階部分の壁を無くし、吹き放ちにすること)

・自由な平面

・自由な立面(建物の正面。ファサードのこと。)

・水平横長の窓

・屋上庭園

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
フランスのパリ郊外に建築された『サヴォア邸』では、この『近代建築の5原則』のすべてが、高い完成度で実現されているんだにゃ!

 

サヴォア邸

サヴォア邸出典:Flicker

 

 

サヴォア邸は、ル・コルビュジェが設計したフランス、パリ郊外のポワシーにある近代建築の住宅です。

 

もとはピエール・サヴォア夫妻の別荘として1928年に設計開始し、1931年に竣工しました。

 

 

サヴォア邸は20世紀の住宅の最高作品の一つであり、フランスの歴史的建築物に指定されています。

 

 

 

サヴォア邸では、ピロティ自由な平面自由な立面水平横長の窓屋上庭園からなる近代建築の五原則のすべてが、高い完成度で実現されています。

 

サヴォア邸 ピロティ出典:la pention mermonts

▲サヴォア邸の『ピロティ』『水平横長の窓』

 

サヴォア邸 屋上庭園出典:Flicker

▲サヴォア邸のリビングを外から。すぐ上は近代建築五原則のひとつ『屋上庭園』がある。

 

サヴォア邸 スロープ出典:Flicker

▲緩やかなスロープで上下階を連続的に繋いでいる。

 

サヴォア邸 リビング出典:Flicker

▲サヴォア邸のリビングルーム。屋根を柱が支えている為、壁の無い『自由な平面』が実現している。

 

 

 

ル・コルビュジェは家具においても優れたデザインを数多く残し、サヴォア邸には傑作と呼ばれるチェアが多数置かれています。

 

 

 

LC1(スリングチェア)

スリングチェア出典:MoMA

 

 

LC1(スリングチェア)は、ル・コルビュジエと、彼の従兄弟のピエール・ジャンヌレとコルビュジェの弟子であるシャルロット・ペリアンとの共同デザインによって、1928年に制作されました。

 

 

「住宅は住むための機械である」というコルビュジェの言葉を体現したかのようなチェアで、装飾を排し、機能性が追求されています。

 

 

 

背もたれが姿勢に応じて動くのが特徴で、アームはフレームに厚革を掛けただけのシンプルな構造です。

 

 

 

20世紀に作られた椅子の中でマスターピース(傑作)のひとつに数えられる名品中の名品です。

 

 

LC4(シェーズロング)

LC4 シェーズロング出典:Hive modern furniture

 

 

LC4(シェーズロング)は、LC1(スリングチェア)と同様に、ル・コルビュジエと、彼の従兄弟のピエール・ジャンヌレとコルビュジェの弟子であるシャルロット・ペリアンとの共同デザインによって制作されました。

 

 

1929年のサロン・ドートンヌで発表され、「休養の為の機械」とル・コルビュジエが呼んだ寝椅子です。

 

 

 

体の線に合わせて綿密にデザインされた背のカーブと、弓形のパイプをずらすことによって寝る角度を自由に変えられることで、至福の座り心地をもたらします。

 

 

 

 

独創的かつ革新的でありながら優美なボディラインを持つこの作品は、80年以上経った現在でも世界一有名な寝椅子といわれており、20世紀を代表するマスターピースのひとつです。

 

 

LC2(グランコンフォール)

LC2 グラン コンフォート グランド コンフォール出典:Mila shop

 

 

LC2(グランコンフォール)グランコンフォートとも呼ばれ、ル・コルビュジエと、彼の従兄弟のピエール・ジャンヌレとコルビュジェの弟子であるシャルロット・ペリアンとの共同デザインによって、1928年に制作されました。

 

 

 

グランコンフォール、つまり『大いなる快適』と名付けられたこの作品は、ル・コルビジェの代名詞ともなっており、また、デザインソファを語る上でも必須のアイテムとなっています。

 

 

 

 

最小の構成で最大の快適性を実現することを目的としてデザインされたソファで、スチールパイプのフレームに背、座、アームのクッションを落とし込んでいくという簡単な構造ながら、永く愛され続けている不屈の名作です。

 

 

 

モデュロール

モデュロール出典:Archdaily

 

 

ル・コルビュジェは独自の美の基準、モデュロールという寸法体系を設計に用いています。

 

 

 

モデュロールとは、コルビュジェが人体の寸法(約183cm・コルビュジェの身長)黄金比(1:1.618・・・)から作った、建築物の基準寸法の数列のことです。

 

 

 

 

フランス語のmodule(モジュール・寸法)Section d’or(黄金分割)から作ったル・コルビュジェによる造語で、基本的には、人が立って片手を上げた時の指先までの高さ(ヨーロッパ型のモデュロールでは226cm)を黄金比で割り込んでいく、という方法です。

 

 

 

 

つまり、このモデュロールを使うと、人間が腰掛けやすい椅子の高さ快適なソファの奥行き通りやすい廊下の幅や、登りやすい階段の高さ、などを求めることが出来て、住みやすい快適な住宅を設計することが可能になる、ということなんです。

 

 

ナンタルカ
ナンタルカ
外国人と日本人のからだの大きさは、当時ぜんぜん違っていたんだにゃ!丹下健三は日本人のからだの大きさに合った『日本版モデュロール』を作成したんだにゃ〜♪

 

終わりに

前川國男 コルビュジェ出典:前川建築設計事務所

▲ル・コルビュジェ(写真中央右)と前川國男(写真中央左)

 

 

 

ル・コルビュジェは1965年の78歳の時に、南フランスで海水浴中に心臓発作で亡くなりました。

 

 

 

19世期からの近代合理主義をモダニズムデザインという新しい美学へと昇華させたコルビュジェ。

 

 

 

彼の思想は、事務所に所属していた3人の日本人弟子、坂倉準三前川國男吉阪隆正へと引き継がれ、彼らは日本のモダニズム建築の先掛けとなり、丹下健三などの日本の建築家に大きく影響を与えました。

 

 

▼前川國男はこちらの記事でも紹介しています▼

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上野にある『国立西洋美術館』がコルビュジェの日本で唯一の作品です。

 

国立西洋美術館出典:e-tix

▲前川國男・坂倉準三・吉阪隆正が実施設計・監理に協力し完成した国立西洋美術館(1959年)

 

 

 

 

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お疲れ様でした!

 

 

ここまで読んで頂きありがとうございます。

 

 

分かりにくい点やお気づきのことがあればメールでご連絡ください。

 

 

 

では、次回もお楽しみに!

 

 

 

 

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